2016 Fiscal Year Annual Research Report
日本語母語幼児の受身文に対する言語知識と認知処理機構の発達
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15J09804
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
石川 めぐみ 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2019-03-31
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Keywords | passive / passive acquisition / Japanese children / direct passive / null subject passive / gapless passive / short passive |
Outline of Annual Research Achievements |
平成28年度計画は、1)27年度に実施したgapless passive(例「太郎が花子に泣かれた」のような自動詞受身)を用いた統語的プライミング実験についての成果発表、2)null subject passive(例「さるに叩かれた」のような、ガ句を伴わない受身文)に対する子どもの理解実験の実施、であった。これら2つの計画について予定どおり達成できた。 まず、1)は、3月に香港中文大学で催されたThe First International Conference on Theoretical East Asian Psycholinguisticsにて口頭発表を行った。本実験結果からは、gapless passiveとtransitive passiveの両条件においてプライミング効果が見られ、条件間に有意な差は見られなかった。このことから「プライミング効果が同程度に得られた=プライム文とターゲット文は統語構造を共有している」というこれまでの結論に対して、理論言語学的な統語構造については慎重に議論を重ねる余地があることを示唆するデータを提供した。 次に、2)の報告に移る。これまで、受身文獲得については「short passive(例「さるが叩かれた」)は5歳までに獲得できているが、full passive(例「さるがかえるに叩かれた」)は獲得が遅い」と言われてきた。一方「3歳程度でもfull passiveを獲得できている」という実験的結果もあり議論が収束していない。そこで本実験では、ニ句が難しさの原因かを追求するためshort passiveとnull subject passiveを用いた実験を遂行した。本実験結果では、null subject passiveを4歳でも理解することができ、日本語幼児にとって受身文ニ句の理解が困難である、という証拠は得られなかった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究課題では、日本語母語幼児における受身文獲得について研究を続けている。実験手法については、27年度、28年度までは、「統語的プライミング効果」という手法を用いて実験を実施してきた。しかしながら、本年度研究実績概要でも述べたとおり、「統語的プライミング効果」では、理論言語学的な視点からの統語構造について、子どもがどのような構造を所有しているのか、可視化するための手法としては確率されていない可能性を持つことが示唆された。そこで、28年度からは、伝統的な真偽値判断課題による理解実験も実験手法として加え、子どもの受身文についての文法知識を観察していくこととした。 28年度の特徴的な成果としては、これまで子どもの受身文獲得において難しいとされてきた受身文のニ句について、本理解実験においては困難を示さなかった、という結果を提供できたことにある。このことによって、「それでは、日本語の母語幼児にとって、受身文の理解が遅い理由はどこにあるのか」という点について、新たな視点を見出さなければならない必要性を示唆することができた。 28年度実験結果により、子どもの受身文の文法知識について、ニ句は困難の直接的な要因ではなさそうである、という1つの事実を提供できたことから、本研究課題である、日本語母語幼児における受身文の文法知識の獲得についての研究は、おおむね順調に進んでいると考えられる。
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Strategy for Future Research Activity |
29年度は、28年度に実施した理解実験についての成果発表を計画するつもりである。また、日本語母語幼児の受身文文法知識について、何が難しさの要因であるのか、可能性について1つ1つ、実験を実施して可能性を狭めていく予定である。 先行研究も含め、本年度までに、日本語母語幼児は、「short passiveも、null subject passiveも、動作主/被動作主という意味役割を付与する動詞について同じ程度で理解できている」ということが分かっている。ということは、受身文の線的順序、受身形態素、意味役割と助詞の組み合わせについては、ある程度、理解できるということになる。しかしながら、その理解度はというと、能動文と同じ程度とはいかず、そこには能動文とは統計的有意差のある難しさが生じている。この「困難さ」はどこにあるのだろうか。まず1つには、full passiveについての理解がどの程度できているのか、ということを明らかにする必要がある。もう1つには、受身文が持つ「意味の理解」についての困難さについての検証である。受身文には、意味的特徴として、「主語が影響を受ける」「迷惑や被害を受ける」といった特徴が備わっている。これらの「影響を受けた他者についての理解」が困難さの要因となっているのかどうかについて、実験的データを提供できる実験を計画する。
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