2015 Fiscal Year Annual Research Report
健診・検診受診の意思決定に関わる要因分析及び時間非整合性の影響の推定
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15J10933
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
猿谷 洋樹 東京大学, 経済学研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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Keywords | time inconsistency / dynamic discrete choice / unobserved heterogeneity / identification / health checkup |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では、人々の時間選好にバイアスがあるような動学的意思決定のモデルを取り上げ、こうしたモデルの識別可能性を議論した上で、モデルを応用して時間選好のバイアスが健康診断の受診行動に与える影響を実証分析した。 ここで注目するバイアスとは、将来の意思決定に関しては忍耐強く長期的な利益を考えられるにも関わらず、現在における意思決定においては現在の利益を重視するため長期的に望ましい選択を行うことができなくなるような傾向である。こうした現在重視の傾向は現在バイアスと呼ばれ、最近20年間において理論面・実証分析面の双方で研究が進んできた。しかし、現在バイアスのパラメータを推定しようとする際には、識別の問題が生じる。特に、時間選好には個人間差異が存在するという実験結果が多数報告されている一方で、個人間差異のあるモデルが通常のパネルデータから識別されるための条件は明確になっていなかった。 そこで、本研究では現在バイアス及びそれに関する自己認識に複数のタイプが存在して、なおかつタイプが観察できないような離散選択のモデルを用いて、識別の問題を議論した。結果として、行動選択には影響を与えるがタイプの分布には影響を与えないような変数と後者には影響を与えるが前者には影響を与えないような変数が存在する等の適切な条件の下で、このようなモデルが2期間のパネルデータから識別可能であることが示された。また、実際のパネルデータを用いた分析では、現在バイアスを持つ個人の健診受診率がそうでない個人の受診率と比べて低くなっていることを示唆する結果も得られた。 本研究の分析結果は、健診の受診行動のみならず消費・貯蓄、労働供給、新技術導入、飲酒、喫煙など幅広い行動の分析に適用可能である。個人の時間選好を柔軟にモデル化して標準的なデータから推定する道を拓くことで、こうした行動に関するより現実的で充実した分析が可能となるであろう。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本研究は計量経済理論的な側面では一定の成果を挙げているものの、健康診断の実証分析においては満足な推定結果を得られていない。平成27年度中は計量経済学的な研究に焦点を当てており、実証分析に十分な時間を割くことができなかった。平成28年度においては推定手法の改善に十分な時間や労力を注ぐ予定である。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究の抱えている課題をいくつか述べて、これに対処することを今後の研究の推進方策としたい。経済理論の側面では、時間選好により多様な異質性を許したモデルや、時間選好が時間と共に変化するモデル、更に個人が自身の時間選好を学習していくモデルなど、より柔軟な変数の依存関係を許容したモデルを用いた分析が望ましい。こうしたアイデアの一部は先行研究においても提案されているが、実証分析への適用可能性を念頭に置いてモデルを構築することが重要となる。本研究でも、興味のある変数の依存関係を有しつつモデルの推定・識別に利用可能な特徴を持つようなモデルを構築していきたい。計量経済学の側面では、上述のようなより一般的なモデルの識別条件を導出することが次の目標となる。この点に関しては、限定的ながらも時間と共にタイプが変化するモデルが一定の条件下で識別されるという結果が得られており、今後の進展が期待される。また、観察不可能な異質性を含むモデルの識別に関する先行研究と比較して、手法の長所や短所について整理すると共に、各研究結果を貫く一般的な規則を発見することが非常に有意義である。最後に、平成28年度における最重要課題として、推定手法・実証分析面での改善が挙げられる。受診確率を推定するにあたり現在用いられている手法は、固有値分解や逆行列の計算などの手続きを用いて観察可能な変数の分布から観察不可能な変数の分布を導出するというものであるが、推定結果が不安定なものとなっている。また、推定手続きの複雑さや特殊性より、推定量の漸近分布が導出されていない。平成28年度においては推定に関する研究に重点を置き、解析的な漸近分布をもたらす安定的な推定手続きを模索していく予定である。
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