2016 Fiscal Year Annual Research Report
ジャン・ジュネの『恋する虜』における「放浪」概念の現代文学における射程
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15J11000
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
田村 哲也 東京大学, 人文社会系研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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Keywords | 悪 / 表現形式と関わる主題 / 制度への寄生 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、前年度における研究計画の変更を引継ぎ、研究を遂行した。本研究課題の終局の目的は、文学作品に密着した解釈から第二次大戦以降のフランスにおける文芸思潮についての新しい理解を提示することであり、この目的をより高い精度で達成するために、ジャン・ジュネの作品の精読を軸に展開するモノグラフィックなアプローチに立ち戻った。具体的には、まず、ジュネの初期・中期の作品を精読した。さらに、同時代のフランスの思想家におけるジュネ像を再検討するために、ジャン‐ポール・サルトルの『聖ジュネ』(1952)やジョルジュ・バタイユの『文学と悪』(1957)におけるジュネの章を精読した。 本年度に「放浪」の主題と直接関係のないように思われる初期・中期の作品を取り扱ったのは、「放浪」と並列的に論じることのできる中心的な主題からの視点を補助的に導入することで、本研究課題が他の中心的な主題をめぐる研究とどのような関係を取り結ぶのかを明らかにするためであった。上述の作品の精読・分析のなかで、「悪」と「孤独」を、「放浪」と同様に、ジュネの作品の表現形式と密接につながった主題として捉え直した。さらに、上の二つの主題のうち「悪」をより深く分析することで、ジュネの「悪」には、制度への寄生という特徴が存在すること、加えて、この特徴が主題・表現形式の両方においてみられることを確認した。 研究発表についても、本研究によりふさわしいアプローチを検討し、学会での口頭発表にてそれを実践した。具体的には、作品に密着した読解のなかで問題提起を徐々に立ち上げていくというアプローチを、少ない紙幅において実践することを試みた。この成果が、日本フランス語フランス文学会2016年度秋季大会(東北大学、2016年10月22日)での、「ジャン・ジュネ『恋する虜』におけるハムザと彼の母のカップルの形象と作品の構造の関係」という題目の研究報告である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本年度は、前年度の反省を踏まえて問題点を修正し、修正したアプローチにおいて堅実に研究を進めることができた。 まず、ジュネのモノグラフィックな研究に立ち戻るなかで、ジュネ作品の抱える多様な問題の過度な単純化を避けるために、表現形式に関わる主題という視点から「悪」と「孤独」という別の主題を導入することができた。とりわけ「悪」の主題について、主題と表現形式に一貫する「制度への寄生」という側面から分析することで、悪に関する、新しい価値‐道徳を生成しないという否定的な評価からは距離を置き、ジュネにおいては、制度への寄生こそが、挑発的で受け入れがたいとされる作品を一般の価値観を有する読者へと伝達することを可能にしているということを確認した。ジュネの「悪」については、サルトルとバタイユがすでに論じているだけではなく、監獄の問題をめぐってジュネとフーコーのあいだに葛藤が生じていたことも知られている。今後、「悪」の主題の分析を表現形式との関わりのなかで展開するなかで、作品に密着した分析から、ジュネ作品の争点を20世紀フランスの代表的な思想家たちの問題意識のなかに位置づけつつ、その「悪」の表現の狙いを示すことができるように思われる。 研究発表については、本研究課題によりふさわしいアプローチを模索し、それを実際に学会発表にて実践することができた。さらに、前年度にできなかった草稿調査の準備を進めることもできた。申請書に記載していたIMECでの調査自体はまだ遂行できていないが、しかし、2016年6月にマルセイユのヨーロッパ・地中海文明博物館(MuCEM)で行われていたジャン・ジュネの草稿に関する展覧会に参加し、IMECに所蔵されている草稿の実物を調査することができた。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度は、本年度の研究を引き継ぎ、表現形式と関わる重要な主題を出発点として分析を進めることで、ジャック・デリダの『弔鐘』(1974)以降の新たなジュネ像の構築を目指す。この方向性に照らすと、今後の研究の方策は以下の三つの要素に大別される。 第一に、『弔鐘』を精読して、デリダのジュネ理解を再検討する。本年度に取り扱ったサルトルの『聖ジュネ』、バタイユの『文学と悪』のジュネについての章との連続・断絶を考慮しつつ、同時代の作家におけるジュネ像を整理する。なお、『弔鐘』の分析においては、とりわけ「喪」の問題に着目することになるだろう。初年度に指摘したように、『恋する虜』における放浪の主題は、領土の喪失、愛する者の喪失をつうじて、喪の問題と深くかかわりあう。 第二に、表現形式と密接にかかわる主題のうち、本年度は扱うことのできなかった、孤独の主題について検討するために、この主題が全面的に表れている中期の芸術作品をめぐるエセーを精読する。孤独の主題は、とりわけジャコメッティ論・レンブラント論に顕著な「個」の問題と深く結びついており、これを分析することで、ジュネにおける特異性と普遍性の関係について、バタイユの見解(ジュネの作品における「コミュニカシオンの不在」)を批判・発展させることが可能であると思われる。 第三に、本年度の悪の主題をめぐる分析をさらに深め、本年度の成果と次年度の成果をあわせて、学会にて報告、あるいは論文を作成・投稿する。当初の計画にあったジュネの政治性をめぐる分析は、この悪の主題を軸に展開することになる。くわえて、まだ遂行できていないIMECでの資料調査は、悪の主題をめぐる分析を補完するものとしてなされるであろう。
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Research Products
(1 results)