2015 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
15J11019
|
Research Institution | Ryukoku University |
Principal Investigator |
川本 佳苗 龍谷大学, 文学研究科, 特別研究員(DC2)
|
Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2017-03-31
|
Keywords | 上座仏教 / 仏教倫理 / 生命倫理 / 自殺 / 自死 / アビダンマ / カルマ / 短命 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では、夭折(短命)について仏教文献研究とフィールド調査の双方からアプローチし、仏教的思惟が現場で応用されているかを検証する。平成27年度では、次の3点の成果を得た。 第一の研究目的である「自己の意志による夭折」については、仏教文献のうち殺人の禁止が規定されている律蔵を、パーリ三蔵の律蔵を中心にして漢訳で残る各部派の諸律の該当箇所と比較調査した。調査の結果から、パーリ律と漢訳諸律における自殺への有罪・無罪の言及の相違と、パーリ律のみにみられる自殺を是認するようなカルマ(業)の解釈の展開を明らかにした。この比較研究は各部派それぞれが望む方向へと思想的に変化したことを示す重要な手がかりとなるため、来年度も継続して行う。今年度に調査した結果は、第27回日本生命倫理学会年次大会にて「自殺と安楽死に関する仏教観―カルマの両義性を超えて―」の題目で発表した。 第二の研究目的である「外的要因による夭折の文献研究」では、自殺・自死以外で終わる短命の研究の一事例として、浄土真宗の成立期に議論された「小児往生」の概念を副指導教員にあたる那須英勝教授と共同で調査した。この小児往生の概念は、若くして死んだわが子の往生を願う親の思いに応えて発展したため、研究課題の一部でもある、現代社会において子の死を遺族が受けとめていく問題に重大な示唆を与えた。また、研究成果を日本宗教学会第74回学術大会にて「夭折者と遺族の救済―小児往生を中心とする仏教観―」の題目で発表した。 第三の研究目的の「現代問題への応用」では「インタビュー調査」として、2件の情報収集を行った。まず「自殺・自死に取り組む僧侶の会」副代表の藤尾聡允氏に聴き取り調査した。さらに病院で終末期患者のために働く臨床宗教師のフォーラム等で、臨床宗教師として活動する仏教僧の発表を聴講し分析した。聞き取り調査は来年度も継続する。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
研究計画は大きく(1) 自死、自殺の文献研究、(2) 自殺・自死以外の短命の文献研究、(3) 現代社会との関連の調査に分けられる。 (1) 自死・自殺の文献研究として、僧侶の倫理規範となる律蔵(戒律)のうち、自殺幇助に関連する殺生戒を調査した。平成27年度は、所属研究機関である龍谷大学の「仏教学文献研究」で、担当の岡本健資准教授とともにパーリ律蔵と、漢訳で残る他部派の律蔵とを比較検証した。この調査結果を11月の日本生命倫理学会で発表した。比較研究としての漢訳の諸律の調査結果の整理に、やや遅れが生じている。 (2) 自殺・自死以外の短命の文献研究では、カルマ(「業」、行為とその余勢)と死との関連について、パーリ三蔵のうち解釈学的課題を扱う論蔵(アビダンマ)を調査した。参考資料としてそれらの関連を瞑想実践から経験的に説明したパオ・サヤドーの著書を扱った。また日本仏教との比較として、浄土真宗において若死の往生の可能性を述べた「小児往生」の概念を調査した。調査結果を9月に日本宗教学会で発表した。 (3) 現代における夭折の調査として、9月に自殺問題に取り組む僧侶および終末期患者に対し臨床宗教師として活動する僧侶に聴き取りを行った。聞き取り調査の対象に新たに日本在住の上座仏教僧侶を加えたため、調査結果の整理に遅れが生じている。 研究課題以外では、二種類の研究報告を行った。第一に、ミャンマー・タイでの留学経験を生かし、上座部仏教瞑想の意義について5月のパーリ仏教文化学会および6月のアメリカでのMindfulness & Compassion学会において発表した。また、17世紀タイで活躍した山田長政について11月に中国の国際媽祖文化学会で発表した。第二に、所属機関で従事しているライティング支援プロジェクトについて、3月に津田塾大学のシンポジウムでプロジェクト主催者達と共同発表を行った。
|
Strategy for Future Research Activity |
平成28年度では、博士論文の完成に向けて資料整理と執筆を行う。1年目の研究遂行から、研究が広範囲に渡り異なる教義の比較報告で終わる危険があるため、問題の解決策として博士論文では東南アジア諸国で信仰される上座部仏教における自死・短命の解釈に焦点を絞ることに変更する。経典群が三蔵という形で完備して現在まで伝わっているのはパーリ三蔵だけであるため、パーリ三蔵を聖典とする上座部仏教の解釈を中軸にして、一つの思想体系として自殺・短命の倫理観を考察することとする。変更した計画内容は以下の3段階に分けられる。 (1) 博士論文の第一章にあたる「自殺に関する戒律の解釈」について律蔵の殺生戒における自殺の記述の調査結果を整理する。次に第二章で述べる「夭折とカルマ(「業」、行為とその余勢)との因果関係」を明らかにするために、パーリ論蔵(アビダンマ)の該当箇所を注釈書および現代の上座部仏教における解釈も参考にして調査する。律蔵に関する変更点として、漢訳で残る各部派の諸律の文献は補助的に比較することにする。またアビダンマの調査においても、最初の申請で計画書していた『阿毘達磨倶舎論』との詳細な比較研究は行わない。 (2) 経蔵(スッタ)における僧侶の自殺や菩薩の捨身行為の記述についても同様にパーリ経典を中心に調査し、漢訳の該当箇所や日本仏教の短命についての解釈は補助資料としてのみ扱う。 (3) 現代の仏教僧による自死・短命に関わる実践についても、日本の僧侶による実践活動は比較資料として扱う。これに代わる現代仏教との比較研究として、現代の上座部仏教の自死・短命に対する理解を明らかにすることを目指す。書籍など入手可能な関連文献を収集するほか、日本在住の上座仏教の僧侶への聞き取り調査を行う。
|
Research Products
(8 results)