2015 Fiscal Year Annual Research Report
海洋内部における力学的階層構造の詳細解明に向けた理論的研究
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15J11690
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
大貫 陽平 東京大学, 理学系研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2015-04-24 – 2017-03-31
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Keywords | 統計流体力学 / 直接相互作用近似 / 波動乱流 / 非線形波動 / 海洋内部波動 / 内部潮汐 / エネルギーカスケード / 海洋混合 |
Outline of Annual Research Achievements |
主要な研究実績を1,2に記し, 現在進行している研究について3に記す. 1. 海洋内部において大きな空間スケールをもった波は, より小さなスケールの波にエネルギーを供給することで海水混合を引き起こし, 深層循環を維持している. 特に中緯度海域において, 潮汐によって生じる長波長(100km~)の内部波(傾圧潮汐)が非線形効果によって微小擾乱へとエネルギーを受け渡すプロセスはParametric Subharmonic Instability (PSI)と呼ばれ, 近年注目を集めている. 本研究ではこの現象に対し, 統計流体力学の一手法である直接相互作用近似を適用することによって, 大スケール波の振幅とスペクトル幅から微小擾乱の成長率を推定する手法を考案した. これにより, PSIに関して従来存在した二種類の対立する学説を統一する, 一般性の高い表式を導いた. 2. 本研究の最終目標にあたる深層大循環モデルの高精度化の実現には, 海洋内部領域でのスケール間相互作用によるエネルギー再分配率の見積もりが最大の課題である. そのためのステップとして, 傾圧潮汐が周囲の波との非線形共鳴によってエネルギーを失う速さを計算する手法の開発を行った. これは, 波動にはたらく実効的な粘性係数を見積もる試みであり「くりこみ」の手法の一種である. その計算式には, 1で述べた直接相互作用近似の変形である波動乱流理論を用いた. 計算結果は中緯度海域での急速なエネルギー減衰を描き出し, 過去の観測研究と合致した. また, 亜熱帯域表層の海洋循環が作りだす密度構造が内部波動のスケール間結合に与える影響について指摘し, 流体の直接数値シミュレーションによる裏付けを行った. 3. 上記の理論を拡張し, 波動と渦の相互作用を扱う計算式の導出を進めている. これを利用したより一般的な数値計算を今後展開していく.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究のテーマである海洋のスケール間相互作用は, 「エネルギーカスケード」をキーワードに, 大型の国際学会(Ocean Sciences Meeting)において単独のセッションが催される程の重大テーマである. 特に内部波の非線形相互作用は, 古くから研究されているテーマであるが, その理論的アプローチには複数の立場があって現在も議論が続いている. その中で上記[実績1]では, 数理科学的な視点から当該分野の一つの論争を解決した. このサブテーマは, 研究実施計画の策定段階では想定していなかった課題であったが, 申請者自らが導入した数理科学的手法によって明確な結論を得ることができた. さらにこの成果自体が学会から受賞を受けるなど高い評価を受けている. また, この結果は続くサブテーマ[実績2]に対しても良い影響を与えている. [実績2]で用いた波動乱流理論は, 一見して数値実験や観測結果と一致しないことから, その妥当性について近年疑問の声が存在した. それに対して本研究では, 数理科学的な深い考察から波動乱流理論が数値実験と矛盾しないことを明確に示すと同時に, 波動乱流理論を基に従来よりも高精度の数値計算を行うことで観測事実と合致した結果が得られることを明らかにした. 申請者は研究成果として[実績2]を重視しており, 国内外の複数の学会や研究集会において発表を行い, 他の研究者との議論を深めている. このように, 上記2つの結果は研究課題に対して肯定的な成果を与えており, いずれも論文化の作業を進めている. また, 研究実施計画に記した波-渦相互作用の考察については, その第一ステップである基礎方程式の定式化が着実に進んでおり[実績3], 以下に示す今後の研究において具体的な成果が得られることが期待できる.
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Strategy for Future Research Activity |
上記の通り, 本研究は海洋のスケール間相互作用に伴う傾圧潮汐エネルギーの散逸量分布推定に向けた計算式の導出と数値解析技術の開発を進めている. 今後もこの方針で研究を推し進める. 1. 現在までに得られた結果は, 波動間の相互作用に伴う傾圧潮汐エネルギーの損失率についての緯度-経度の2次元分布である. 海洋大循環モデルの高精度化には, さらにエネルギー損失率の深さ方向の情報が必要となる. そこで今後の研究では, 従来の計算式を2次元から3次元に拡張し, 傾圧潮汐エネルギーの損失率について水深も含めた, より詳細なデータの出力を行う. 本研究で特に注目されるのは, 深層循環の駆動に必要とされる海洋中層でのエネルギー散逸量分布である. この点において申請者は, 物理的な考察に基づき, 従来の数値モデルにおいて人為的に組み込まれていたスキームとは全く異なる散逸量分布になるという仮説を立てている. 数値解析によってその検証作業を行う. 2. 波動と渦の相互作用は, 傾圧潮汐エネルギーの散逸プロセスにおいて重要と考えられているが, 先行研究の少ない分野である. 申請者は現在, このテーマに対して雛形となる計算式の導出を進めている. 今後はこの計算式を用いて, まず傾圧潮汐が渦によって散乱を受ける過程の定性的な考察を進める. その後, 高解像度海洋モデルから出力される渦活動量の具体的なデータから, 各海域における傾圧潮汐エネルギーの散乱強度を計算する数値解析手法の開発を行う. このテーマは観測研究が乏しいため, 将来研究のマイルストーンとなるような成果を目指す. 以上の研究内容と, 従来の海洋大循環モデルで用いられてきた海水混合スキームとを相互比較することにより, 本研究の位置づけを議論し, 次世代の海洋大循環モデルに組み込むべき新型の混合スキームへの提言をまとめる.
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