2017 Fiscal Year Research-status Report
18世紀における「真正のシェイクスピア」の創成とその本文編纂史への影響
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15K02318
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Research Institution | Toyo University |
Principal Investigator |
五十嵐 博久 東洋大学, 食環境科学部, 教授 (20300634)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 『ロミオとジュリエット』 / 法廷的思考 / ロレンス / エスカラス |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度は『ロミオとジュリエット』について、17世紀の初演当時に意図されていたであろう観客反応を想定しながら分析した。具体的には、当時の法学院やグラマー・スクールにおいて学ばれていた弁証法のロジックや当時の裁判によって民衆に広く普及していた法廷的思考(forensic thinking) がどのように意識されて芝居が書かれたのかを想定しながらテクストを分析した。結論として、テクストには、当時影響力を持っていた弁証法のロジックに倣って登場人物の性格や行動・思考様式を規定することで、観客が彼らと共振してゆくからくりが仕組まれていたのではないかという推測が導かれた。また、このことはシェイクスピアの他のテクストにも共通する原理であるように思える。 この研究の成果として、18世紀の新古典主義、そして19世紀のロマン主義の影響によって一定のイメージが付与された芝居を、その枠組みからいったん外して考察する方法が確立できたと考えている。本研究の最終目標は、18世紀以降における芝居の変容、特に本文の改変とその背後にある「シェイクスピア」像の成立について考察しようとするものであるが、その研究過程においてはテクストの「歴史的」な解釈が重要となる。「歴史的」な解釈とは、単に伝統的な文学史の視点からの作品解釈ではなく、新事実の発掘や再認識からなる文学史の見直しをも含む「新歴史主義」の視点に立脚したものでなくてはならない。近年のルネッサンス研究における最先端の研究成果の一つとして、シェイクスピアを近代における法哲学と関連付けながら読む方法が欧米を中心に確立されつつあるので、その分野の先行研究をひも解くことでこれまでとは一線を画す「歴史的」な解釈が可能となると思われる。 18世紀以前におけるシェイクスピア作品の諸相を照らすことで、18世紀における「改変」の痕跡をあぶりだすことが可能となると考えられる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今年度も昨年度に引き続き、① 18世紀において「真正のシェイクスピア」が創成された過程を文献によってたどり、②ファースト・フォリオを中心とした17世紀の版本とその本文編集の方針について18世紀におけるそれとの違いを明確化し、③個々のテクストを17世紀の歴史的コンテクストにあてはめて読み直すことで、18世紀以降のテクストとの差異を明確にする、という作業を継続している。特に、『ロミオとジュリエット』についてこれを十分に遂行することができた意味では、研究が順調に進んでいるといえる。他方、18世紀におけるシェイクスピアの受容史とテクスト編纂史について総括し、具体的に「真正のシェイクスピア」がテクストの「変容」にどのように影響を及ぼしているのかについての分析が遅れていることが反省点として残る。18世紀の受容史・本文編纂史については、基本的な先行研究・資料の収集及び読み込みは十分にできているが、新たな発見が得られていない状況である。今後は、先行研究の情報を精査して、その中から「正しい」見解を導き出すというスタンスで研究を遂行することがより望ましいと判断される。 もう一点、昨年度から進行していないファースト・フォリオに関する研究書 Peter W. Blayney, The First Folio of Shakespeare, The Folger Shakespeare Library, 1991の監訳プロジェクトがそのまま塩漬けの状態となってしまっている。今年度はフォリオに関する近年の研究もほぼ網羅的に読み込んだが、やはりこの本が最も基礎的かつスタンダードなものであると思われるので、平成30年度内には公表できるよう努力したい。このプロジェクトが遅延している主な要因は、版元であるフォルジャー・シェイクスピア図書館の経営体制が大きく改編されたために、版権交渉が滞ってしまったことによる。
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Strategy for Future Research Activity |
基本的な研究方法は、これまで同様、文献研究を中心に行う。① これまで継続してきた「18世紀において『シェイクスピア』のイメージが創成された過程を文献によってたどる作業」については、これまでの成果を一本の論文に纏めて公表する予定である。具体的には、平成28年度に国際シェイクスピア学会において発表したセミナーペーパーに加筆・修正を加え、学会誌に投稿する。②「ファースト・フォリオを中心とした17世紀の版本とその編集方針について、18世紀におけるそれとの違いを明確化」については、すでに原稿が整っているPeter W. M. Blayney, The First Folio of Shakespeare, The Folger Shakespeare Library, 1991の監訳を今年度内に出版する。現時点で、英国シェイクスピア学会での人脈を通じてフォルジャー・シェイクスピア図書館との版権交渉が進行している。また、国内の出版社とは現段階ですでに出版の交渉が成立している。③「個々の作品を、まず、17世紀の歴史的な文脈と想定される観客/読者の反応を意識しながら再解釈」については、当時の法廷的思考(forensic thinking) の視点からシェイクスピア解釈の新たな可能性が示唆されたので、今後の新しい研究テーマとして発展させることを視野に入れながら、今年度も探究を継続する。今年度は、喜劇とローマ史劇のテクスト分析を中心にこの問題について考察していく。 なお、平成31年度の国内学会で同テーマでのセミナーを開催する企画を進めており、すでにワーキングチームでの勉強会を開始している。この研究活動は、本基盤研究の基幹部分にはあたらないが、さらに研究を深化させることにより、18世紀におけるシェイクスピアのイメージとテクストの改編と関わる諸相が、これまでもより鮮明に浮かび上がると考えられる。
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Research Products
(2 results)