2019 Fiscal Year Research-status Report
モダニズム文学形成期の英米における慶應義塾の介在と役割
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15K02349
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
巽 孝之 慶應義塾大学, 文学部(三田), 教授 (30155098)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 南方熊楠 / 野口米次郎 / 小泉信三 / 水上滝太郎 / 巽孝之丞 / 鎌田栄吉 / 横浜正金銀行 / 徳川頼貞 |
Outline of Annual Research Achievements |
一昨年12月の2018年度藝文学会シンポジウム「慶應義塾文学科教授・永井荷風――『三田文學』通巻800号突破を記念して」では、司会者兼講師として「総括と注釈――横浜正金銀行の文学史にふれて」というタイトルで横浜正金銀行ニューヨーク支店、リヨン支店時代の永井荷風を再検討する過程で、この銀行の日露戦争以前以後の行風の差異を浮き彫りにすることができたが、その論考は2019年度の 6月に刊行された「藝文研究」においてようやく活字化された。 また、横浜正金銀行をめぐる明治大正の人物群像については、 10月にこの分野の第一人者である中央学院大学教授・菊池道男先生をお招きした特別講演「世界経済の変容と横浜正金銀行――各時代、業務に関わった人々」(司会:巽孝之、講師:菊池道男/慶應義塾大学三田キャンパス 研究室棟地下第二会議室)を実現することができた。 そして、世紀転換期の慶應義塾関連の知識人や文学者たち、特に国際詩人・野口米次郎の一家と関わりのあった作家ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)については、 2019年度8月にアイルランドはダブリンのコンベンション・センターで行われた世界空想科学小説会議で単独講演(司会・小谷真理)を行い、100名ほどの聴衆と積極的な質疑応答を行なった。 さらにこの年には、和歌山県田辺市にある南方熊楠顕彰館からの強いアプローチがあり、同館が発行する研究誌「熊楠 Works」に、柴田勝家が刊行した南方熊楠を主人公に据える歴史改変小説『ヒト夜の永い夢』(早川書房)の長文書評を寄稿したことも、挙げておきたい。というのは、申請者の祖父であり横浜正金銀行ロンドン支店長であった巽孝之丞と稀有の博物学者・南方熊楠との交友が昨今では学術的研究対象になっており(『熊楠全集』には少なからぬ言及がある)、同館はその交友を主題に 2020年度に特別展を行う計画を進めているからである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
上述のように、 2019年には和歌山県田辺市にある南方熊楠顕彰館からの強いアプローチがあり、申請者の祖父であり横浜正金銀行ロンドン支店長であった巽孝之丞と稀有の博物学者・南方熊楠との交友を主題に 2020年度に特別展を行う計画が進み、全面的協力が要請されていることは、この科研費研究を展開していたからこそ恵まれた僥倖と言える。 いずれ本科研費研究の主題を一冊の単行書にまとめるに当たっては、さらなる周辺的な細部を固める必要があるが、それについても、これまで本科研の主催で行ってきた講演者たちが全面的協力で支えてくれる予定であり、それが研究の品質に磨きをかけるのは疑いない。 たとえば、ロンドン在住で祖父を継ぎ同じ横浜正金銀行ロンドン支店長となった加納久朗子爵の孫にあたる歴史家&作家の伊藤恵子氏は、英文で刊行した家族史的な小説 My Shanghaiで高い評価を得たが、その日本語版の刊行のために申請者とは現在も頻繁に連絡を取り合っている。また、ロンドン支店長宅の住み込み料理人であった野田安之助氏を祖父に持つ靖国神社権禰宜の野田安平氏も、当時日英に展開していた国際的な家族構成や日露戦争以後の日本の位置について積極的な調査を進めておられ、新情報を頻繁に送ってくださる。こうした科研費テーマから構築されたネットワークは、一年延長となった本研究の完成に大きく貢献することは間違いない。
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Strategy for Future Research Activity |
以上、研究実績や進捗状況で詳述してきた通り、本科研研究はそれを立ち上げて以降、インターネット時代という地の利の良さを活かして、国内的にも国際的にも多くの協力者に恵まれてきた。もっとも、ロンドン在住の伊藤恵子氏の業績のように、すでに英語圏でも横浜正金銀行史が試みられているにもかかわらず、必ずしもウェブ検索の対象としては確保できないテクストがひしめいているのも明らかである。とりわけ 20世紀初頭にロンドンで発行されていた日本語雑誌「日英新誌」などは、今なおデジタル化されていない上に、そのバックナンバー全てが保存されているのは申請者も確認作業を行った大英図書館とオックスフォード大学図書館だけに限られている。本研究を開始してから二度にわたるイギリス出張を行なったけれども、その過程で申請者が掴んだ以上の資料がアーカイヴに眠っている可能性は、大いにある。 したがって、すでに収集の終わっている資料についてはさらに深い読み込みを行うととともに、研究協力者の力も借りながら細部を固め、今年はこのテーマに関する単行書の執筆に可能な限りの時間をかけたい。申請者はアメリカ文学を専攻しているが、たまたま今年は本科研とともに現役最後の年に当たっている。したがって、このテーマをさらに発展させ、福沢諭吉と横浜正金銀行をめぐる関係にも話題を膨らませた新たな科研費研究を申請し、その過程において単行書を仕上げる可能性が高いことも、表明しておきたいと思う。
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Causes of Carryover |
2019年度の海外出張に関しては、個人科研以外の共同研究において6月の国際メルヴィル学会、 11月の北米アメリカ学会、 2020年 2月のスペインにおける国際ポー学会へ参加することが多く、唯一本個人科研に関わる国際会議「日本における翻訳と近代」も、 2020年 3月にカナダのブリティッシュ・コロンビア大学から基調講演者というステイタスで招聘されることになり、個人科研を充当する機会を失った。加えて、 2019年度が終わるころに、和歌山県田辺市にある南方熊楠顕彰館より「南方熊楠と巽孝之丞」(仮題)という、まさにこの個人科研のテーマに本質的に関わる特別展を行いたいという申し出があったため、この新しい計画のために次年度使用額が不可欠となった。というのも、単に田辺市に赴くだけではなく、恐らくは特別展をめぐる論考なども執筆することになる予定であるからだ。それはとりもなおさず、このテーマの単行書の出版に向け、大きく前進することを意味するだろう。
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[Book] Trans-Pacific Cultural Studies (4 vols)2019
Author(s)
Takayuki Tatsumi (editor), Shelley Fisher Fishkin(Preface),Gary Okihiro, Greg Robinson,Etsuko Taketani, Mary Knighton and others (contributors)
Total Pages
1142
Publisher
SAGE
ISBN
978-93-532-8458-9