2017 Fiscal Year Research-status Report
アイルランド現代文学・現代演劇における変身・変容の身体表象
Project/Area Number |
15K02363
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
坂内 太 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (60453990)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | キャスリーン・ニ・フーリハン / 西の国の伊達男 / 鷹の井戸 / ユリシーズ |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では、先ず二十世紀初頭のアイルランド演劇運動に対する、それ以後のモダニズム文学の応答を、変身・変容の表象を軸として考察した。特に当該表象における後発のモダニズム文学の書き手(特にジェイムズ・ジョイス)が、先行の演劇運動(特にW・B・イェイツとJ・M・シングの作品)をどのように視野に入れ、どのように応用したかを考察し、以下のようなことが分かった。前世紀初頭のアイルランド演劇では、来たるべき独立国家の表象が、戯曲作品中の人物の身体的、精神的変身・変容として比喩的に描かれることが多く見られ、その特徴は、根本的変容の場所としては公共空間を、変容の契機としては個々人の内面の露呈と相互扶助を重要要素とすることが挙げられる。このテーマに後から参入したジョイスの初期作品では、閉鎖的空間での内面の凝視と罪の告白を通じた変容可能性への執着が前景化されるものの、結果として変容の頓挫が強調され、共同体の精神的麻痺が強調される。以後のジョイスは、当該テーマの表象で先行するイェイツ、シングに対して、表向きには批判を加えながら、密かに内容を換骨奪胎して、公的空間での変容というテーマで両者に追随した。ジョイスが、公共空間と変容の概念を結び付ける過程でイェイツやシングに遅れを取った点から、作中で神聖冒涜的な表現を多用したものの、ジョイスが長らく根本的にイエズス会的なキリスト教観の影響下にあり、伝統的な告白と変容の概念へ傾倒していたことが分かった。また、シング作品における変容観には、圧制下での歪んだ自己像、圧政が持つ支配構造と同一平面に立った抵抗する自己像、そして両者から脱した自由な自己創造の三つの局面が見られるが、この点においてもジョイスが自作品で包摂、応用を試みていることが分かった。また、当該テーマが戦後の宗教的世俗化によって再活性化することについて通時的な研究の視座が得られた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
19世紀末に始まるアイルランド文芸復興からモダニズム文学、あるいは先鋭的なナショナリズムに裏打ちされた演劇運動を貫く変身・変容の主題に関してはリサーチに大きな進捗があった。戦間期のアイルランド文学・演劇に関する当該テーマのリサーチには課題が多く残っている。戦後の文学・演劇に関しては、とりわけ1960年代以降の文化的、社会的自由化が進んだこと、宗教的な規範の規制力が鈍化したことと関連して、当該テーマと世俗化した宗教性との関わりがリサーチによって明らかとなりつつある。当該テーマと宗教的世俗化との関わりについては、本研究の当初の対象を超える様々なメディア(例えばラジオ放送、テレビ文化の始まり等)とのつながりがあることも明らかになりつつある。
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Strategy for Future Research Activity |
アイルランド文学、演劇全般における公共空間の概念とその表象を通時的に検討する必要がある。隣接分野の研究者との学際的交流を通じた研究可能性についても検討する必要がある。また、戦間期における当該テーマについては、この時期にテーマそのものが変容した可能性が見られるため、そうしたものとしての追加研究が必要と思われる。戦後における当該テーマの展開については、とりわけ戯曲に優れた成果が見られるため、それらの作品に、先行研究には無い視点で新たな光を当てたい。最終年度は、隣接分野の研究者たちとの公開シンポジウムや関連資料の翻訳などを通じて、リサーチの成果を広く還元することも考えたい。
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