2016 Fiscal Year Research-status Report
調音動作の組織化と音韻構造に関する理論的・実証的研究
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15K02491
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Research Institution | Nihon University |
Principal Investigator |
中村 光宏 日本大学, 経済学部, 教授 (10256787)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 音声学 / 音韻論 / 調音動作 / 音韻構造 / 連続音声プロセス |
Outline of Annual Research Achievements |
調音データベースMOCHA-TIMITとリアルタイムMRI(以下rtMRI)データベースUSC-TIMIに基づく調査分析を実施した。 MOCHA-TIMITに基づく調査分析では、非R音性アクセントの英語(e.g. 英国標準発音)において観察される連結・嵌入のR(e.g. hear it>hea[r]it; idea of>idea[r]of)の調査分析を遂行した。先行研究では印象的記述と音響分析に留まり、まとまった知見が得られていない。本調査分析では、まず連結・嵌入のRが生ずる潜在的音韻環境における音声実現形を調査し、その後調音動作の時間的・空間的特徴の観測・解析を行った。主な結果は次の3点である。音声実現形はR挿入・きしみ声・声門閉鎖音挿入・母音連続・その他(e.g.弱音節の削除)に大別され、比率は話し手間で大きく変動する。連結のRは、そり舌と盛上り舌に大別でき、韻律位置による変動が観察された(そり舌調音では横方向の動きに、盛上り舌調音では縦方向の動きに制限される)。本調査分析では、韻律位置の役割を検証し、話し手の発音習慣と音声実現形との関係を明らかにした。 USC-TIMITに基づく調査分析では、rtMRIで撮像された米国英語話者のLの調音動作と母音化を分析対象とした。声道全体の動きを観察し、舌の調音動作に関わるピクセル強度の変化を観測した。Lの生成では舌尖あるいは舌端調音が自由選択されることは知られているが、それぞれの調音運動の制御実態は解明されていない。本調査分析の結果、舌尖調音では、中舌部分における「くぼみ」の形成が舌尖・舌端や舌背動作よりも先行して生起し、くぼみ形成は舌端調音では観察されないことを明らかにした。このような舌制御パタンは調音の制御構成を担う音韻表示が話し手間において異なることを示唆する。今後更に解析を進め、個人差の実態と制御モデルの解明に努めたい。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度の課題は、調音動作の漸次的調整の解明を目的とした調査分析を遂行することと、前年度に整理したリアルタイムMRI(以下rtMRI)データに基づき、声道の全体的形状と協調タイミングを観測することであった。前者については、連結・嵌入のRを分析対象とし、調音動作の制御実態を明らかにし、話し手の選択による音声実現形を網羅的に示して、調音動作の制御原理と韻律位置の関係を検証した。 後者のrtMRIデータに基づく調査分析では、従来の調音観測機器を利用した実験結果を再検討するとともに、舌制御パタンに関する新たな事実を捉えることができた。この事実は調音動作の組織化を検討する上で貴重であるが、観測始業において得られた結果であり、今後更なる検証を行う計画である。 連結・嵌入のRに関する研究成果は、平成28年12月6日から12月9日にオーストラリアのWestern Sydney Universityが中心となって開催されたThe 16th Australasian International Conference on Speech Science and Technologyにおいて口頭発表による報告を行った。今後の調査分析を進展させる上で有益な意見交換を行うことができた。 このような状況から本年度の課題は達成できたと判断することができる。また、連結・嵌入のRに関する研究成果に、きしみ声と声門閉鎖音挿入に関する音響分析結果を加え、母音連続回避のための方略を総合的に考察した論考が、平成29年5月にラトビア大学に於いて開催されるThe 4th International Conference on Contemporary Research in Phonetics and Phonology: Methods, Aspects and Problemsの口頭発表に採択されたことを申し添える。
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Strategy for Future Research Activity |
平成27年度と平成28年度に得られた調査分析結果に基づき、次の課題を中心として調査分析と仮説検証を遂行する。
①英語における硬口蓋音化の調音・音響分析:平成28年度に引き続き、調音動作の漸次的調整メカニズムの解明を目的として、更に事例を集積するために、逆行同化現象のひとつである硬口蓋音化の調査分析を計画している。調音・音響分析に基づく先行研究は存在するが、英国標準発音を対象とした研究は殆ど無く、音声実現の個人差については十分に検討されていない。本研究では、調音動作の時間的・空間的特徴を観測・解析し、音声実現形の実態を明らかにし、音声生成におけるモデル化を目指す。 ②声道形成のダイナミックス:平成28年度におけるリアルタイムMRIデータに基づく調査分析結果に基づき、英語Lの調音動作を「声道の全体的形成」の観点から、その特徴を解明し制御モデルの構築を目指す。
リアルタイムMRIを利用した音声研究に関連する文献を収集し、分析手法に関する技術的側面と、声道形成の動的側面について詳細な検討を行う。平成29年度に得られた研究成果は、これまでの研究成果と合わせて検討し、音声科学・音声言語処理分野の国際学会に発表申請することを予定している。現段階で開催が予定されているLinguistics Beyond And Within 2017 - International Linguistics Conference in Lublin(平成29年10月18日・19日、於・ポーランド・The John Paul II Catholic University of Lublin)を候補として検討している。
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Causes of Carryover |
比較的大きなハードディスク容量とメモリを搭載し、処理速度が速いコンピュータの購入を計画し費用を措置していたが、平成28年度は購入を控えたために次年度使用額が生じた。 平成28年度の購入を控えた理由は、研究代表者(筆者)が所属する大学(日本大学経済学部)の在外研究員制度によって、1年間海外の大学に客員研究員として長期出張することとなったため、予定していたコンピュータを購入した場合、その授受には非常に困難が伴うことが予見されたためである。平成28年度中は、データベースと解析済データを外付けハードディスクに格納することによって、コンピュータ自体のハードディスク容量を調整し、同時に処理する複数のデータを制限して使用可能なメモリ容量を節約した。このような実践的対処方法は可能であったが、観測・解析の効率性の観点からは望ましい状況とは言えない。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
比較的大きなハードディスク容量とメモリを搭載した処理速度が速いコンピュータは、本研究課題の調査分析を効果的に遂行するために必要不可欠である。 上記のような性能を有するコンピュータの必要性は、本研究における調査分析の次の3点に深く関係している:①リアルタイムmriデータベースと体積観測用MRIデータベース、そして多チャンネル調音データベースを合わせて保管し観測と分析を実施するため;②データベースの保管に加えて、解析過程のデータ容量が大きくなるため、その格納と抽出を効率よく行うため;そして、③MRIデータの解析において使用する多数のMATLABアプリケーションが遂行する並行的処理を円滑に進展させるためである候補機種の技術的側面と、音声データの可視化・観測ソフトウエアとの互換性を検討した結果、懸念される問題は無いことから、平成29年度に購入のための費用を措置したいと考えている。
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Research Products
(3 results)