2016 Fiscal Year Research-status Report
古代ギリシア・ローマ世界における呪詛行為の持つ社会的効用についての基礎研究
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15K02956
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Research Institution | Musashino Academia Musicae |
Principal Investigator |
志内 一興 武蔵野音楽大学, 音楽学部, 講師 (60449288)
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Project Period (FY) |
2015-10-21 – 2018-03-31
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Keywords | 西洋古代史 / 古代ローマ史 / 古代ギリシア史 / 宗教史 / 文化人類学 |
Outline of Annual Research Achievements |
「古代ギリシア・ローマ世界における呪詛行為の持つ社会的効用についての基礎研究」をテーマとして進める本研究は、「呪詛文書」という「私的・<非合理的>」緊張関係の緩和方法が、古代社会において重要な働きをしていたことを示すことで、当該社会における紛争解決を見る新たなモデルの提案を目的としている。補助を受けての研究2年目となる平成28年度には、1年目の遅れをできる限り取り戻すべく研究を進め、大きな成果を挙げることができたものと思う。平成28年度は特に、呪詛が使用されて機能する古代社会の実相把握に注力し、研究を前進させることができた。 まず平成28年4月には、古代ローマの宗教・思想の重要な潮流の一つである「ストア哲学」の代表的人物、セネカの評伝の翻訳して世に問うた(ロム著『セネカ 哲学する政治家』白水社)。ストア派はエピクロス派と並ぶ古代ローマの二大思潮であり、本作の翻訳を進めながら、両派の思想について研究を進め、多くの示唆を得ることができた。11月には『上智史学』(61号、上智史学会)誌上で「歴史学のサステイナビリティ」と題する書評を公表した。これは社会中央のエリート層由来以外の文字痕跡を扱った書籍について、呪詛板のための鉛板使用などに触れながら、さらには歴史学全体の未来を考えたものである。 年度末にはイタリアへの調査旅行を実施した。数多くの博物館を訪れ、当時の文字使用の実態や、呪詛に関わる様々な物的証拠についての知見を得ることができた。とりわけポンペイ市の調査では、呪詛行為をおこなった当時の一般民衆の暮らしぶりについて、明確なイメージを描くのに必要な情報を獲得することができた。 本研究の成果はすでに、平成29年度に中央大学法学部で開講している「文学」の授業内容に活かすという形で、社会への還元をおこなっている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
初年度はかなり研究の進捗が遅れた状況にあったが、2年目の研究で、まだ計画どおりとはいかないもののかなり遅れを取り戻せたものと思う。当初に計画されていたのは以下の作業である。 (1)初年度の作業を踏まえ、呪詛文のデータベース化の作業を継続しつつ、研究の深化に取り組む。また国内の図書館には所蔵されていない研究書の購入、およびその内容検討を進めながら、これまでの研究の状況を確認する作業をおこなう。 (2) 「告白碑文」に関する研究・考察の開始。同種の碑文が数多く発見されているトルコ南部への現地調査旅行をおこなうことで、こうした碑文の実物の検分や、文書を生み出すことになった環境についての実際的な知見を獲得する。またアテネなどギリシアにおける、呪いに関する資料の状況を知るために、ギリシアへの調査旅行の実施。 (3)19世紀に編纂が開始された碑文集に含まれる情報の再確認作業について、情報の収集に鋭意努めることで、研究に活用する史資料の正確性を担保する。 (1)については、研究・作業を大きく進展させることができた。いただいた補助を有効活用しながら、国内にほぼまったく所蔵のない、数多くの貴重な書籍の購入を進め、データの収集に邁進した。とりわけ、東部地中海世界での呪詛行為関連資料(とりわけ呪詛文の書かれた鉢)の充実を図り、史料集を多数取り揃えることができた。並行して(3)の作業もおこないながら、数多くの正確な呪詛テキストを収集することができた。それに比して(2)については、あまり進展させることができなかった。理由の大きな部分は、ヨーロッパ・地中海地域の治安状況の悪化である。昨今のトルコの状況はあまり芳しくないため、調査渡航の予定を立てるのが困難であった。その代替として28年度におこなったのがイタリア中部への調査旅行であり、それにより豊富な資料、情報を収集することができた。
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Strategy for Future Research Activity |
研究最終年度となる平成29年度には、これまでの研究・作業の総決算として、しっかりした成果を挙げ、その内容を社会に還元するよう努めたい。 まずは購入・整備を進めた書籍・史料集の検討や読み込みを進め、研究課題として掲げた問題へのある程度の見通しを獲得したい。本研究は「基礎研究」を目指しているが、今後のためにも明確な方向性を見出せるように研究を進めたい。 また、この2年の研究を通じ、本研究の方向性と最も関わる資料の出土地が明確に把握できた。ドイツのマインツとイギリスのバースである。最終年度には両地を訪れ、最新の情報の収集に努めたい。また現地の研究者の討論などを通じ、本研究の方向性にその情報がどのように資するのかの視角を明瞭化させたうえで、形として明確な成果を出したい。さらには成果を社会へと還元し、いただいた補助が社会の共有財産となるようにしていきたい。
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Causes of Carryover |
本研究を進めるのに大変重要な海外渡航調査を、諸般の事情により年度末に実施せざるを得なかったため、予算の確定が遅れたこと、およびいくらかの予備費を見込んだため、次年度使用額が生じました。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
次年度使用額については、次年度の海外渡航費および資料購入費に充当するなど、しっかりとした成果を挙げるための資する方向で使用したいと考えています。
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Research Products
(2 results)