2015 Fiscal Year Research-status Report
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15K03178
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Research Institution | Kagoshima University |
Principal Investigator |
中島 宏 鹿児島大学, 法文教育学域司法政策学系, 教授 (00318685)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 訴訟能力 / 刑事訴訟法 |
Outline of Annual Research Achievements |
平成27年度は、本研究の内容を構成するテーマ群A「精神障がい者・知的障がい者による供述の信用性と取調べ方法」とテーマ群B「訴訟能力の判断方法と手続き」の双方について、先行研究の到達点を明らかにするための文献調査と今後の研究に実証性を持たせるための事例収集を行った。また、本研究課題に不可欠な精神医学や心理学の分野における専門知識を吸収するため、関連分野の専門家を招いて研究会等を主催した。具体的な成果は以下のとおりである。 まず、テーマ群Aについては、知的障がい者の捜査および公判での供述の信用性が心理学鑑定によって弾劾されている再審請求事件(大崎事件)に着目し、弁護団との情報交換を行いながら、いわゆる供述弱者に対する取調べとの問題点と供述の信用性評価のあり方を再審請求における新証拠である心理学鑑定の扱いと関連づけて検討した。その成果の一部を含む論考として、中島宏「再審の現在-大崎事件第三次再審請求で問われるもの-」鹿児島大学法学論集50巻1号pp.41-56 (2015年)を公刊した。また、平成28年2月26日に鹿児島大学において「鹿児島法と心理研究会」を開催して心理学者との意見交換を行い、精神障がいや知的障がいが疑われる被疑者や被害者から供述を得る上での問題点等について学際的な議論を行うためのプラットホームを立ち上げた。 テーマ群Bについては、訴訟能力の存否と回復可能性および手続きのあり方が争点となった事案に着目して、名古屋地方裁判所岡崎支部が出した判決を理論的に分析した。その成果を、中島宏「被告人の訴訟能力の回復が見込めないとして公訴棄却により手続きを打ち切った事例」刑事法ジャーナル45号pp.219-4226(2015年)として公刊した。また、同事件の控訴審判決を踏まえた論考を執筆した(中島宏「訴訟無能力による長期の公判停止-訴訟からの解放と医療への接続-」未公刊)。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究はおおむね順調に進展している。平成27年度はテーマ群A・Bの双方に関する先行研究の文献調査をひととおり終え、本研究を遂行する上での基盤となる情報を収集することができた。また、心理学者や精神医学者とのコネクションを形成し、本研究に対する隣接分野からの協力を得るための組織的基盤を形成することができた。さらに、具体的事例として「大崎事件」と「名古屋地裁岡崎支部手続き打切り事例」に対する研究を深め、前者についてはいわゆる供述弱者に対する取調べの問題点を、後者については訴訟能力の回復可能性に判断方法と手続き打ち切りの法的根拠を、刑事訴訟法解釈として明らかにすることができた。 もっとも、すべてが順調であるとまでは評価できない。すなわち、研究計画においては、先行研究の到達点を踏まえつつ今後の検討課題を指し示す論文を公刊する予定であったが、実際には実現することができなかった。また、研究計画では多数の具体的事例を収集することを予定していたが、事案の重大性や裁判の経過に鑑みて、実際には特定の事案に研究を集中させざるをえなかった。そのため、個別の事例の研究は深化したが、分析対象の広がりについては、ずしも十分とは言えない状況にある。これと関連して、研究計画では、多くの事例について、それを担当した全国各地の実務家に対する聞き取り調査等を行う予定であったが、上記の事情によって事例の広がりを欠いたため、現地調査の回数を十分に確保することができなかった。これらについては、引き続き次年度以降に持ち越して実施する予定であり、その準備を進めている。
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Strategy for Future Research Activity |
平成27年度までの進捗状況を勘案して、当初の研究計画に微調整を加え、以下のとおり推進する。 まず、平成28年度は、前年度に十分実現できなかった具体的事例の収集、事件記録の閲覧、弁護人からの聞き取り調査等を継続し、その成果を鹿児島大学法学論集などの媒体で公開する。同時に各事例で問題となる様々な障害や疾病が被告人の認知やコミュニケーションにどのような支障をもたらすのかについて、精神医学、心理学など隣接諸科学における最新の知見を、法実務に応用可能な形で整理する。 その成果を踏まえ、平成28年度後半から29年度前半にかけては、テーマ群Aに関し、①精神障がい者・知的障がい者による供述の信用性判断の準則化、②精神・知的障がい者に対する取調べ方法の準則化、③それらの準則と証拠法理論との関係の解明、④取調方法について立法動向の分析と提言を、テーマ群Bに関し、⑤訴訟能力の判断基準と判断方法、⑥裁判員裁判における鑑定のあり方、⑦公判停止後の手続上の問題(勾留と医療措置、回復可能性の判断、手続打切り)、⑧捜査段階における訴訟能力について理論化を行う。ここでの成果についても、中間報告と位置づけ、鹿児島大学法学論集などの媒体で随時公開し、研究者コミュニティと実務家からの批判的検討を仰ぐものとする。 平成29年度後半には、各テーマ群の研究成果を統合的にとりまとめ、本研究の最終的な成果発表を行うための論文を執筆する。その成果は、鹿児島大学法学論集等の媒体で公刊するとともに、インターネット上にある研究室のサイトで公開する。
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Causes of Carryover |
当初の研究計画においては、訴訟能力が争われた事例を多数収集し、現地において弁護人等からの聞き取り調査を行う予定であったが、健康状態等の影響によって十分に実施することができず、そのエフォートを文献調査に振り替えた。また、本研究課題と密接に関わる研究会に参加することを予定しており、開催地である東京都までの旅費についても予算化していたが、平成27年度は同研究会が研究成果の論文化を行ったため、研究会合が開催されなかった。 以上の事情がもたらした結果として、旅費として確保していた予算が消化されず、未使用額として残った。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
平成27年度に実施できなかった現地調査は研究計画にとって不可欠であるため、これを平成28年度において積極的に行う。そのため、次年度使用額の2分の1程度を現地調査のための旅費として使用する。 また、平成27年度において実現した心理学者・精神医学者との合同研究会については、平成28年度以降も継続して行うことが有意義であることが明らかである。そのため、次年度使用額の2分の1程度を研究会への研究者招聘のための旅費等として使用する。
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