2015 Fiscal Year Research-status Report
歴史的建築物の活用についての法史的研究 ―台湾文化資産保存法を事例として―
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15K03258
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Research Institution | Hiroshima University of Economics |
Principal Investigator |
宮畑 加奈子 広島経済大学, 経済学部, 准教授 (20441503)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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Keywords | 台湾 / 植民地遺産 / 所有権 / 文化資産 / 歴史建築 / 震災 / 有形文化財 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、現行法である台湾文化資産保存法制定に至るまでの沿革(日本統治期、中華民国期を含む)、現行法制定以後の法改正の経緯と文化資産概念の変容及びその問題点を踏まえ、台湾における文化資産法制の現状と課題についての整理を行った。台湾の文化資産保存法には、中華民国法制における文化財法制の源流とともに日本統治時期に施行された日本の文化財法制の影響が今なお残存しており、両時代の各制度においては「歴史性」が重視され、いずれも観光需要との密接な結びつきがみられる点で共通項がみられた。 しかし一方で、日本統治時期の建築物については、植民地時代の遺物として扱われる時期が長く続き、台湾における「土地の記憶」としての扱いがなされるようになったのはごく最近のことである。建築史の分野で指摘されるような「遺物」から「遺産」または「資産」へ、さらには「植民地遺産」から「文化資産」を経て、「文化遺産」へと向かう意識の転換により、台湾における民主化の進展、大地震後の歴史的建築物の存亡の危機等を媒介としながら変容していく過程が台湾文化資産保存法の進展過程には示されていた。いわゆる植民地遺産としての建築物に対する社会的意識の変容が、文化資産としての建築物の保存を推進する起点となったことは、台湾の文化資産史の特徴でもある。 またこれらの基礎的な成果を基に、学会(地域文化学会)での報告を行い、「文化資産としての建築物に対する価値観の差異」という示唆を得るに至った。建築物の保存に関しては、古代ギリシャや古代ローマにも通底する観念が、台湾の建築物(文化資産としての)の史的経緯においても存在するが、個々の概念の質的差異は、例えば韓国における植民地遺産の「破壊」等との比較によってより顕在化しうる点も、認識を新たにした点である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究課題については、採択以前より資料収集をすでに開始していたことから、基礎的な整理作業は、比較的早期に終えることができた。 また今年度は当初予定していた台北市のみならず、高雄市、台中市の歴史建築(登録有形文化財)の現状、また他分野の学術交流を介して、本来の研究対象に加え韓国の植民地遺産についても見聞を広めることができた。とりわけ印象に残ったのは、社会的貢献投資による地域活性効果であり、日本でも「周辺の再生の契機」を創出した事例として注目されている(中川理「建築季評」)。韓国・釜山においては、従来の「破壊」という「記憶の操作」」(田口かおり『保存修復の技法と思想』)ではなく、むしろ植民地遺産の再生を行っている東亜大学校の事例に大いに示唆を受けた。 以上のように、研究課題に対する基礎的な枠組みの構築とともに実地調査により視野を拡大しえた点を理由として、上記区分を選択した。
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Strategy for Future Research Activity |
現時点では、まず現行法である台湾文化資産保存法の制定に至るまでの法制度の沿革を俯瞰し、また法制化後の文化資産概念の変容過程とその過程で生じた問題点を採り上げつつ、ひとまず台湾における文化資産法制の現状につき「公共利益」の優位性を指摘したにとどまる。 文化資産とは、土地(場所)と人間とのつながりを体現する存在であり、その土地の共同体が未来につながるための媒介としての意義を有するものであることが、台湾の裁判例において多く指摘されるが、過去の歴史をも輻輳させうる成熟した文化観への転換こそが、現在の文化資産としての建築物利用の活況を生み出す契機となった点は特筆に値する。この点については、韓国等の他地域との比較(例えば、大邱や釜山等)によって、今後さらに考察を深めたい。また台湾の文化資産法制にみられる「公共利益」の優位性の考察についても、土地利用における台湾社会の伝統的な公共観とともに再考を試みる。以上の点を踏まえた上で、文化資産活用をめぐり過去に訴訟となった事例(台北の三井物産倉庫、新舞台、新芳春茶行に関する事例等)について、訴訟後の経緯を再度検証し、所有権との交錯部分をさらに掘り下げることを試みる。加えて、1999年の大地震後の建築物保存に向けた取り組み、これらの公共性、歴史性を有する建築物の保存と場所や環境との関係性についても考察を加え、台湾固有の観念および法制度についての思索をさらに深めたい。
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Causes of Carryover |
平成27年度の経費のうち、送料分が一部未精算であるため。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
平成28年度の予算と合算の上、未精算分の送料として使用する予定である。
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