2019 Fiscal Year Research-status Report
有機導体のディラック電子系における異常物性の統一的解明
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15K05166
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
小林 晃人 名古屋大学, 理学研究科, 准教授 (80335009)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 有機導体 / ディラック電子系 / 電子相関 / 電荷秩序 / 輸送現象 / 核磁気共鳴 |
Outline of Annual Research Achievements |
2019年度は有機ディラック電子系α-(BEDT-TTF)2I3の電荷秩序相における異常な輸送現象の解明に取り組んだ。α-(BEDT-TTF)2I3の電荷秩序相では強誘電性により自然に電荷秩序ドメインウォールが存在する。本研究ではこれまでにディラック電子が強誘電ドメインウォールに束縛されると電荷秩序に起因するバルクギャップの内側にギャップレス1次元束縛状態が形成されることを見出している。研究代表者らはドメインウォールを有する有限系の電気伝導率と光学伝導率を数値計算し、光学ギャップが開いているにもかかわらず金属的電気伝導性示すことを明らかにした。これにより、α-(BEDT-TTF)2I3の電荷秩序相で観測される極端に小さい電気抵抗ギャップのメカニズムを解明した。この研究成果はPhysical Review Bに掲載された。 また、α-(BEDT-TTF)2I3の電荷秩序転相における異常な熱電効果のメカニズムを調べた。α-(BEDT-TTF)2I3では電荷秩序転移に伴いゼーベック係数が鋭いピークと符号反転を示す。本研究ではα-(BEDT-TTF)2I3の狭いバンド幅に起因する電子相関効果がディラックコーンの電子‐ホール非対称性を増強し、異常なゼーベック効果を引き起こすことを解明した。この研究成果は2019年度にPhysical Review Bに投稿され、2020年5月にacceptされた。 さらに、α-(BEDT-TTF)2I3の核磁気共鳴測定(NMR)ではスピン格子緩和率の温度依存性よりスピン分裂したN=0ランダウ状態が見いだされているが、数ケルビン以下の低温ではスピン格子緩和時間が反転増大する奇妙な振る舞いが報告されている。本研究ではクーロン相互作用により横スピン磁化率が低温で増強されることを見出した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究課題では現在までに、ディラック電子系におけるパラドックス的異常物性が電子相関効果に起因することを明らかにしてきた。NMRにより観測される磁化率の抑制は、長距離クーロン相互作用による異方的速度繰り込みが引き起こすディラックコーンの先鋭化(砂時計型)に起因することを示した【Nat. Commun.7, 12666 (2016)】【J. Phys. Soc. Jpn. 86, 014705 (2017)】【J. Phys. Soc. Jpn. 87, 054706 (2018)】。低温における1/T1Tの反転は、バレー間エキシトニック揺らぎの発達によることを初めて示した【Sience 358, 1403-1406 (2017)】。また、有機導体の電荷秩序相における有限質量ディラック電子相において、光学ギャップと伝導ギャップが大きく異なることを具体的に示し、光学伝導率と直流伝導率の実験結果を矛盾なく説明できることを示した【Phys. Rev. B 100, 075206 (2019)】。さらに、強磁場中のランダウ状態において横スピン磁化率が低温で電子相関効果により増強されることを示した【J. Phys. Soc. Jpn. 88, 054713 (2019)】、【Crystals 2019, 9(4), 212】。電子相関効果による異常なゼーベック効果に関する成果は2019年度中の出版に間に合わなかかったが、2020年5月にacceptされた。 これらの成果により。本研究はおおむね順調に進展している
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Strategy for Future Research Activity |
2020年度は有機ディラック電子系α-(BETS)2I3 の低温領域における隠れた秩序状態を解明するため、第1原理計算に基づく拡張ハバード模型を構築し、変分モンテカルロ法などにより解析する。これにより強相関ディラック電子系が創発する新物性に関する知見を得る。 有機導体α-(BETS)2I3 は最新の放射光X 線構造解析を用いた第1原理計算によりゼロ質量ディラック電子系であることが示されている。類縁物質である有機ディラック電子系α-(BEDT-TTF)2I3は常圧では低温相(T<Tco=135K)において電子相関により空間反転対称性が破れた電荷秩序絶縁体に転移し、ディラックコーンにギャップが開く。これに対しα-(BETS)2I3は50K 以下の低温において絶縁体的挙動を示すが、X 線では対称性の破れや電荷密度の変化は一切観測されず、NMR からもギャップが開くこと以外に秩序状態に関する手がかりは得られていない。本研究計画ではこの隠れた秩序状態を解明するため、澤らの放射光X 線構造解析を用いた第1原理計算に基づいてα-(BETS)2I3 の拡張ハバード模型を構築し、平均場近似と変分モンテカルロ法による解析を行う。 具体的にはα-(BETS)2I3 の第1原理計算(RESPACK)を用いて次近接あるいはそれ以遠のクーロン相互作用を取り入れた拡張ハバード模型を構築し、平均場近似を用いて隠れた秩序状態の候補を探索する。また、BETS 分子内のSe 原子によるスピン軌道相互作用による秩序状態への影響を調べる。 この研究により得られる成果を2019年度までに行ってきたα-(BEDT-TTF)2I3のディラック電子系における電子相関効果の研究結果と比較し、ディラック電子系におけるパラドックス的異常物性を統一的な理解という本研究課題の目的を達成する。
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Causes of Carryover |
2019年度に有機ディラック電子系の電子状態をバーテックス補正効果の数値計算により解明し、その結果を国際学術誌において発表する予定であったが、バーテックス補正効果の数値計算に予想より長い計算時間を要することが判明したため、計画を変更しRPA近似の数値計算を行うこととした。このため、バーテックス補正効果の数値計算と国際学術誌での発表を次年度に行うこととし、次年度使用額はその経費に充てる。
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