2021 Fiscal Year Research-status Report
有機導体のディラック電子系における異常物性の統一的解明
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15K05166
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
小林 晃人 名古屋大学, 理学研究科, 准教授 (80335009)
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Project Period (FY) |
2015-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 有機導体 / ディラック電子系 / 電子相関 / トポロジカル秩序 / 輸送現象 / 核磁気共鳴 |
Outline of Annual Research Achievements |
従来、有機ディラック電子系α-(BETS)2I3はスピン軌道結合による約2meVのギャップを有するトポロジカル絶縁体と考えられてきた。しかし約50K以下の低温領域では電気抵抗率が急激に増大するため、温度に依らないスピン軌道結合によるギャップだけで低温領域を理解することは困難であった。また、X線構造回折では温度変化に伴う結晶対称性の変化やボンド長、分子の角度の変化は見られず、NMRからは磁気転移の兆候も観測されない。このようにα-(BETS)2I3では電荷秩序やボンド秩序、磁気秩序の可能性が実験結果から否定されているため、低温領域の電子状態は未解明だった。 本研究ではα-(BETS)2I3の低温領域の電子状態を解明するため、第1原理計算によりスピン軌道結合を考慮したtransfer積分値を導出し、第1原理多体摂動計算RESPACKにより遮蔽効果を考慮したクーロン相互作用を導出した。ディラック電子系ではフェルミエネルギー近傍の状態密度が殆どゼロになるため、遮蔽効果は弱く、長距離クーロン斥力を無視できない。そこで本研究では長距離クーロン相互作用を含む拡張ハバード模型に基づいてHartree-Fock近似で電子状態を調べた。 その結果、α-(BETS)2I3のスピン軌道結合による小さなギャップが、電子間相互作用の効果により低温で増強されることが分かった。この影響を考慮して計算された直流電気伝導率は実験の傾向を再現することが分かった。この結果はX線構造回折やNMR等の他の実験とも矛盾せず、α-(BETS)2I3の低温領域を説明できる。また、本研究ではこのギャップの増強の要因が量子スピンホール(QSH)秩序が出現する機構と密接に関係することを見出した。この成果はPhysical Review Bへの掲載が2022年5月7日に決定された(arXiv:2110.05010)。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
これまでの研究により、有機ディラック電子系α-(BETS)2I3の50K以下の低温領域において電子相関効果により量子スピンホール状態のギャップが急激に増大することを示した。これにより実験で観測される電気抵抗の温度依存性を矛盾なく説明できることがわかった。これにより当初の研究課題の主要な部分を達成することができた。 一方、鴻池らによる最近の磁気トルク測定では、ディラック電子系としての強い軌道反磁性が50K以下の低温で急激に抑制される振る舞いが観測された。さらに5K以下では何らかの磁気転移が生じている可能性も示唆されている。この磁気トルクに関し、研究代表者らは電子相関により有機された量子スピンホール状態の磁気トルクを数値的に計算し、ゼーマン効果により軌道反磁性を打ち消す方向の磁気トルクが発生することを見出た。しかし軌道とゼーマンの交差項の考察が不十分であり、実験結果を定量的に説明するに至っていない。 α-(BETS)2I3の類縁物質α-(ET)2I3では、電荷秩序による有限質量ディラック電子系が現れることが研究代表者らにより見いだされている。また圧力下の質量ゼロのディラック電子相では、長距離クーロン相互作用の効果によりディラックコーンが変形し先鋭化すること、エキシトニックなスピン揺らぎが低温で増加することが研究代表者らとNMR実験の国際共同研究グループにより解明された。しかし、結晶構造やバンド構造のよく似たこれら2つの物質を俯瞰し、物性の相違を系統的に説明できる電子模型はいまだ確定していない。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は①有機ディラック電子系α-(BETS)2I3の磁気トルクの解明、および②有機ディラック電子系α-(BETS)2I3とα-(ET)2I3を系統的に説明できるミクロスコピックな電子模型の解明を行う。①では、電子相関により誘起される量子スピンホール状態における磁気トルクの軌道ゼーマン交差項を調べ、ベクトルポテンシャルによる軌道反磁性と軌道ゼーマン交差項による軌道常磁性の競合を解明する。これによりα-(BETS)2I3の低温領域における磁気トルクの特異な振る舞いを解明する。また、さらに低温における磁気転移のメカニズムも解明する。②については、第1原理計算と第1原理多体摂動計算によりα-(BETS)2I3とα-(ET)2I3を系統的に説明できる拡張ハバード模型を構築し、両者の電子状態の相違の原因を解明する。特にスピン軌道相互作用の大きさの違い、および最近接サイト間クーロン相互作用の異方性の違いに着目する。
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Causes of Carryover |
新型コロナウイルス感染症の拡大による研究計画変更のため次年度使用額が生じた。 国際学会参加費に使用する。
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[Presentation] 量子ホールトポロジカル絶縁体状態における磁気触媒効果の発見2021
Author(s)
平田 倫啓, 谷口 智隆, 宮川 和也, 大木 大悟, 谷 雄大, 小林 晃人, マヤフィー アドリアン, クレーマー シュテファン, ホルヴァティック ムラデン, ベルティエ クロード, 田村 雅史, 鹿野田 一司
Organizer
日本物理学会 2021年秋季大会
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