2005 Fiscal Year Annual Research Report
ギリシアの医学思想と人間-同時代の哲学的人間観との比較研究
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16520001
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Research Institution | Hirosaki University |
Principal Investigator |
今井 正浩 弘前大学, 人文学部, 助教授 (80281913)
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Keywords | ギリシア医学 / 医学者ポリュボス / 「四体液」理論 / エンペドクレス / 「四元素」理論 / 「自然」(フュシス) |
Research Abstract |
本研究の課題は,ギリシア医学における人間理解の基本性格を同時代の哲学的人間観との比較研究をとおして,思想史的な観点から明らかにすることにあった.本研究第2年度にあたる平成17年度は『ヒポクラテス医学文書』に含まれている医学書のうち,ポリュボス『人間本姓論』(NH)を主要な考察対象としてとりあげた. NHは「ヒポクラテスの四体液理論」を展開していることで有名である.「四体液」理論を構築するにあたって,医学者ポリュボスが初期ギリシアの自然哲学者エンペドクレスの「四元素」理論をモデルにしているという見方が,これまでの研究史においてきわめて支配的であったが,本研究では「人間」理解という視点に立って,両者の影響関係の内実を問いなおすことを試みた. その結果として明らかになったのは,以下の諸点である。 1.「四元素」は実在(ウーシア)として自己同一性を保持しているのに対して「四体液」は季節の循環のもとで相互転化をくりかえすことから,この両者は存在論上の身分において,異なる規定を与えられている. 2.エンペドクレスにおいては,人間の「自然」(フュシス)は「四元素」の混合または分離によって創出的に生成するとされているのに対して,NHにおいては,人間の「自然」は生成の原理(アルケー)として,生成因としての「熱」「冷」「乾」「湿」という四基本性質の働きに一定の方向づけを与えるものとして措定されている. 3.エンペドクレスにおいては,人間をはじめとする事物の生成は「愛」「憎」が交互に支配する宇宙円環の内部に生起する事象であるのに対して,NHにおける医学者のコスモロジーは季節の循環のもとでの人間の身体内部における「四体液」の増減を因果的に説明するための枠組として提示されており,事物の生成とは基本的に無関係である. 以上の相違点は,エンペドクレスから医学者ポリュボスへの影響がきわめて限定的であったということを示すとともに,医学者の「四体液」理論が医学理論として,診断治療の対象としての人間のあり方を念頭において構想されたものであるということを明確にしている.以上のことは,医学を一個の自立した学問として確立するという意図を反映していると考えられる. 以上の考察結果については、本年度の主要な研究成果として,日本科学史学会第52回年会・総会において口頭発表をおこなった。この発表にもとづく論考は「ポリュボス『人間本性論』におけるエンペドクレスの影響-前5世紀ギリシアの医学思想と同時代の自然哲学についての一考察-」と題する論文として,日本科学史学会編『科学史研究』第45巻・第237号[2006年]に掲載された.
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Research Products
(1 results)