2006 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
16520155
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Research Institution | Kobe University |
Principal Investigator |
松田 浩則 神戸大学, 文学部, 教授 (00219445)
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Keywords | ヴァレリー / 帝国主義 / エロチシズム |
Research Abstract |
1.ポール・ヴァレリーは1893年3月末、南アフリカにおいて英国の帝国主義政策を推進するチャータード・カンパニーで働いている英国在住のフランス人リオネル・デークルという人物からの招きでロンドンに向かう。そこでヴァレリーに託された仕事は、南アフリカにおけるチャータード・カンパニーの活動を正当化することをその目的としたプロパガンダ用の英語の記事をフランスの新聞に掲載するためにフランス語に翻訳することであった。この奇妙な申し出は、チャータード・カンパニーに投資している多くのフランス人を対象に、南アフリカで相次いで起こったスキャンダラスないくつかの事件を釈明することにあったものと推測される。デークルは、ヴァレリーの師匠にあたるマラルメが開いていた「火曜会」の常連だったが、英国とフランスの二重スパイではなかったかとの疑いが出ている。 2.青年期のポール・ヴァレリーは、帝国主義的な政策を南アフリカで推進するセシル・ローズをその知的英雄のひとりに数えていたし、後発国ドイツの国力急成長をささえるきわめて大がかりな世界制覇のための方法的戦略にも魅惑されていた。さらに、たとえば、ユダヤ人将校ドレフュスをめぐる重大な人権の侵害に対しても冷淡な態度を取り続けた。知性を唯一信用のおける手段と考える青年は、ムッシュー・テスト的な「知的怪物」を飼っていたといえるだろう。こうした点は、後年、国際連盟を中心に「精神の政策」を展開するヴァレリーときわめて対照的である。 3.帝国主義的政策の展開を知的行為の表れと考える青年ヴァレリーにとっての大きな悩みは、自らの身体を、そしてとりわけそのエロチシズムを知的にコントロールできないという点にあった。ヴァレリーの帝国主義「礼賛」には、自らの身体にたいする知的制覇の破綻の影が見え隠れしている。
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