2004 Fiscal Year Annual Research Report
19世紀フランス文学における〈記憶〉の主題と〈群衆〉の表象
Project/Area Number |
16520167
|
Research Category |
Grant-in-Aid for Scientific Research (C)
|
Research Institution | Aoyama Gakuin University |
Principal Investigator |
露崎 俊和 青山学院大学, 文学部, 教授 (50180055)
|
Keywords | 記憶 / 自己同一性 / 家族 / 共同体 / 主体形成 / 都市環境 |
Research Abstract |
今年度の主な作業は基礎的な概念の検討に向けられた。 <記憶>は近代的個人の自己同一性や心性という問題にかかわる。文学作品における記憶の主題化は、主体の自己同一性の根拠となる物語=持続の確定性/不確定性を問いかけることによって、作品の内的空間が主体の自己探求や自己確立の営為が試みられる場と化す契機となる。このような自己同一性をめぐる危機の意識がどのように生じてくるか、それを社会の中での個人の成立という展望において検討し、特に、フランス社会が19世紀以降急速に近代化されていく過程において、家族の構造に生じた変化という点に注目した。一つの顕著な現象として、19世紀中盤「家庭の団欒」を賛美する詩が多く作られるが、そこには逆説的に家族関係にかかわる不安、危機意識が露呈する。これは大革命以前の大家族制から近代的核家族への以降という面で捉えられる。近代的核家族は、いわば、根源的に不安定な構造として成立する。旧制度下における大家族が父の封建的権威という象徴的権力に支えられ、まがりなりにも一つの小さな共同体として機能していたとすれば、近代的核家族は成員の数的縮減という事実によって、共同体という擬制を維持することに困難を抱えている。父、母、子という三要素のどれか一つが欠落するとき、近代的核家族における共同体の擬制は脆くも解体しかねない。それゆえに、一方で父の権威を称揚しつつ、他方で「家庭の団欒」という神話的牧歌が声高に唱えられ、「家族の物語」の捏造によって擬制をイデオロギー的に維持することが謀られる。たとえば、作品中で、ときに家族をめぐる記憶が執拗に反芻され、ときに家族の記憶が徹底的に抑圧される、あるいは歪曲されるというような事実を扱うとき、そこでは近代的な、不安定な家族関係のなかでの自我の形成(自我の特異的形質の形成)が、事例ごとに検討されると同時に、そこに共通する近代固有の「主体形成の平面」が問われなくてはならない。そこでは、たとえば、都市の群衆的環境における地縁共同体の喪失が、個人の自己形成にどのような影響をおよぼすかといった問題が付随してくる。また、19世紀における「教養小説」の衰退が何に由来するのかといった問題も、考察の対象として浮上してくる。
|