2005 Fiscal Year Annual Research Report
19世紀フランス文学における<記憶>の主題と<群衆>の表象
Project/Area Number |
16520167
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Research Institution | Aoyama Gakuin University |
Principal Investigator |
露崎 俊和 青山学院大学, 文学部, 教授 (50180055)
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Keywords | 記憶 / 自己同一性 / 群集 / 共同体 / 主体形成 |
Research Abstract |
本年度は、群集の問題を歴史的に遡って考察するにあたり、近代的な都市文明の病理を最初に告発した思想家として、ジャン=ジャック・ルソーの事例を検討した。『学問芸術論』以来、ルソーは一貫して契約関係を基盤として成立する社会制度がその発展・複雑化の度合に応じて表層性と固着性を増すことを指摘する。都市文明はその合理性や洗練という見せかけの陰に階層の断絶や貧富の差を作りだし、そのような政治的、経済的かつ文化的落差を固定した構造としてもつことによって文明という光の領域を維持していることが告発される。『ダランベール氏への手紙』は、ダランベールが『百科全書』に寄稿した項目「ジュネーヴ」をめぐり、ルソーが理想とする有りうべき都市社会の姿を、演劇という主題に託して論じたテクストであるが、そこでは劇場という上演形態による演劇は、都市富裕階層、すなわち政治、経済、文化おける権力受益者の娯楽にすぎず、堕落した個々人の欲望や幻想の捌け口として弾劾される。この舞台と観客という惰性化された関係に対置されるのは、誰もが平等な主体として参加し、相互の心情の共鳴により、非制度的な、すなわち透明な関係性のうちに連帯しうる場として大衆的な祝祭である。祝祭を原型として理想の共同体が帰結する。以上のようなルソー的問題構制を群集論という視点から見直すならば、「祝祭的共同体」は、未定形な流動的群集を一体化した共同性へと統合する政治的選択肢として提示されているのである。疎外を常態とする都市社会に対置される寓意的な、それゆえに実現不可能なトポスにすぎぬとしても、少なくとも群集の消失点の一つは共同体のうちにある。もう一つの消失点としての個人、その自己意識、自己同一性と同期する問題系としての記憶というトポスへの考察が今後の課題として残る。ルソーは、「自伝」の問題を介して、ここでも出発点となる。
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