2005 Fiscal Year Annual Research Report
朝鮮仏画甘露幀の受容をめぐる比較史的研究-16・7世紀の日韓社会-
Project/Area Number |
16520405
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Research Institution | Kwansei Gakuin University |
Principal Investigator |
西山 克 関西学院大学, 文学部, 教授 (30145825)
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Keywords | 甘露幀 / 熊野観心十界図 / 瑜伽焔口 / 面然大士 / 施餓鬼 / 豊臣秀吉 / 目連救母説話 / 霊魂薦度 |
Research Abstract |
「朝鮮仏画甘露幀の受容をめぐる比較史的研究-16・7世紀の日韓社会-」と題するこの研究において、さしあたって実践しなければならなかったのは、朝鮮仏画甘露幀のモチーフと日本の熊野観心十界図のそれとの比較であった。その比較を通じて、日韓社会が死者の霊魂をどのように管理しようとしていたかを、16・7世紀にさかのぼって確認・検討できると考えたからである。甘露幀については、『韓國の佛晝』(聖寳文化財研究院)などの大型図録でその絵相を確認する一方で、韓国国立中央博物館架蔵本や海印寺聖寳博物館本などを実見し、最終的に甘露幀の現在は失われたであろう原本が、瑜伽焔口の思想・儀礼に基づく仏画であることを確認した。現存する甘露幀の画面には1〜複数の鬼王の姿が描かれるが、瑜伽焔口の思想・儀礼にあわせれば、これは本来は1体で面然大士の図像と解釈すべきであり、その点で、現存する甘露幀の作例のほとんどが原本からの変質・変容の過程を示している。甘露幀の16世紀にさかのぼる古本(3点)は日本に伝来しており、韓国内に遺存する作例はむしろ17世紀以降のものとなるが、なかでも日本の薬仙寺本が瑜伽焔口の実態を最もよく表現していることが明らかとなった。特に面然大士と法会の第一座主との関係においてそうである。ところで瑜伽焔口の儀礼は現在でも東アジアの中国系社会で実修されている。今後、そうした儀礼と甘露幀に伴う儀礼との比較が課題となろう。 他方で、日本の熊野観心十界図についての研究は、近年、兵庫県立博物館の小栗栖健治氏による悉皆調査で新たな段階を迎えている。学界に紹介される作例も増え、それぞれの絵相の比較も詳細に行われ、系統の整理が精密に行えるようになっている。しかしその成立の事情、過程については、ほとんどの研究者が口をつぐんでいる。私は、熊野観心十界図は甘露幀の誤訳によって成立したと考えている。多様な死者の霊魂、とりわけ無祀の死霊を薦度する甘露幀のバックボーンを受け止めながら、観心十界図は面然大士と阿難の物語を、目連救母説話に置き換える過ちを犯した。おそらくその際の誤訳の対象は、甘露幀の変容の諸段階からみて、薬仙寺本か、あるいはそれに類する、つまり比較的初期の甘露幀であろう。 そのように結論づけることができるとすれば、熊野観心十界図に描かれた不遇な死者の霊魂薦度の思想は、韓国社会(前近代の朝鮮社会)のみならず、東アジアの中国系社会にまで、比較のエリアを拡大できることになる。今後はそうした調査・研究も行ってみたい。
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