2004 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
16520479
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Research Institution | National Research Institute Cultural Properties, Nara |
Principal Investigator |
高橋 克壽 独立行政法人文化財研究所, 奈良文化財研究所・平城宮跡発掘調査部, 主任研究官 (50226825)
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Keywords | 古墳時代 / 金工技術 / 金銅製飾履 / 十善の森古墳 / 割りピン / 終末期古墳 / 金箔 |
Research Abstract |
倭及び朝鮮半島三国における金工技術の大きな転換点が6世紀前半にある。日本ではその直前の段階に5世紀に展開した金工技術とは異なる新たな技術で作られた製品がまとまって認められることが明らかになった。それは、割りピンでガラス玉を取り付けたり、波状列点文の蹴り彫りや透かしで装飾したりする金銅製品に代表されるものである。その代表的な製品である福井県十善の森古墳の出土品を再検討した結果、それは飾履を含んだものであると判断され、その透かしと蹴り彫り文様の系譜は5世紀代の百済出土品に辿れることが明らかとなった。しかし、倭において唯一比較可能な群馬県谷ツ古墳の飾履とは後者が金銅板の接合に鋲を用いているのに対して、前者は針金を用いるという大きな違いがあり、今後の研究により舶載と国産の差を読み取れる可能性が考えられるようになった。なお、共通して見られるガラス玉の取り付けは、前代に系譜の辿れないものであり、5世紀末から6世紀初めにかけて新たに流行した装飾であると判断される。いっぽう、これらの技術はその後6世紀中ごろにかけて冠の装飾として定着し受け継がれ、打ち出し列点文による亀甲文を主体とする飾履とは別系譜として存在し続けた。 一方、終末期古墳時代である7世紀後半には、新たな金工技術がもたらされる。金や銀の玉や板の使用は7世紀にはかなり鎮壇具などで普及していたが、遅れて金箔の使用が可能となったものらしい。それは金属ではなく、棺や石槨壁面などのように非金属素材を装飾するものとして登揚したのである。
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Research Products
(1 results)