Research Abstract |
近年開発された四次元超音波画像診断装置によって,ヒト胎児の行動が,ほぼリアルタイムに近いかたちで立体的に確認できるようになった.この装置を利用して,昨年度は,妊娠20週以降のヒト胎児は,手指を口唇部に挿入したり,手指と手指を重ねあわせたり,手で足先をつかんだりなど,自己身体を探索する行動を頻繁にみせることを明らかにした.これらの結果は,自己身体感覚についての学習が,胎児期からすでに始まっている可能性を示している.自己・他者認識の発達・生物学的基盤を胎児期までさかのぼって検討するため,本年度はチンパンジー胎児の行動を調べ,両種間で比較した. 林原類人猿研究センター所属の妊娠中のチンパンジー1個体(9歳)に,超音波診断装置への馴致を3ヶ月間おこなった.その後,妊娠6ヵ月よりチンパンジー胎児の身体画像の撮影を開始した.撮影時間は,1日1回8-15分,週2回程度の頻度でおこなった.総観察回数は38回であった. その結果,ヒト用に開発された四次元超音波画像診断装置によって,チンパンジー胎児の行動がヒトと同程度の鮮明度で記録できることがわかった.ヒトの胎児との明確な差異として,以下の2点が明らかとなった.(1)上肢の動きのパターンは,両者間で異なっていた.ヒト胎児は,口唇部周辺に向かって手を運び,口内に手指を入れたり,口唇部に手を保持する姿勢を繰り返したりすることが多い.それに対し,チンパンジー胎児は,目より上あたり,おでこや頭上に手を置いた状態で長時間保持している場合がほとんどであった.(2)ヒト胎児はチンパンジー胎児に比べ,ひじょうにダイナミックかつ頻繁に手足を動かし,自己身体を探索する.しかし,チンパンジー胎児では手と手をあわせたり,足先を手指で掴んだりといった身体探索行動は一度も確認されなかった.以上より,胎児期の自己身体感覚の学習能力には,両種間で差がみられる可能性が示唆された.
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