2016 Fiscal Year Annual Research Report
村上春樹文学における「世界」表象に関する総合的研究
Project/Area Number |
16H00008
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Research Institution | 法政大学中学高等学校 |
Principal Investigator |
林 圭介 法政大学, 中学高等学校, 教諭
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Project Period (FY) |
2016
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Keywords | 村上春樹 / 書き直し / 小説の宛先 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、村上春樹文学における「世界」の変化に着目し、その変化を作者と読者の相互作用の過程と捉えることで、村上文学の特徴を総合的に明らかにするところにある。「世界」の変化は自作を書き直す村上の方法からもたらされている。この書き直しを通じて、村上文学の「世界」に「謎」を作る作者村上からその「謎」を解く読者村上への変化が理解できることになる。方法としては雑誌版、単行本版、全作品版を比較し、村上文学を読者の視点から書き直す村上の方法意識を明らかにした。結論としては書き直しを通じて小説の宛先を自覚的に取り込むことによって、村上文学における「世界」が「謎」をめぐって転回していると考えられる。 たとえば、『ねじまき鳥クロニクル』は短編『ねじまき鳥と火曜日の女たち』を長編に書き直しただけでなく、第1・2部を刊行した後、第3部を書き加えて成り立っている。短編では主人公の「僕」が聞き覚えのない女から電話がかかってくる「謎」が描かれ、第1・2部でもこの電話の女が失踪した妻クミコだと「僕」は直感するが、彼女がなぜクミコであるかは「謎」のまま終えられている。作者村上は主人公と共に「謎」に巻き込まれる読者に宛てて小説を書くのだ。一方、第3部ではこの女の「謎」を解き明かすことが試みられている。村上は第3部でシベリア収容所における通訳者の体験を語る間宮の話を組み込むことで、間宮と「僕」の関係を電話の女とクミコの関係に重ねる。このことは聴き手のいなかった戦時下の通訳者に「僕」が耳を傾けるように、宛先を持たなかったクミコの声に耳を傾ける聴き手がいたことを教える。それが電話の女である。この読者村上による「謎」解きが隠された聴き手たちの繋がりを浮かび上がらせる。村上文学の「世界」を転回するのは、書き直しを通じて小説の宛先を取り込み、「謎」を解く村上自身である。その結果、村上文学の「世界」も転回するのである。
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Research Products
(2 results)