2016 Fiscal Year Annual Research Report
ベトナム・中国二国間関係の下で揺れ動くベトナム華人に関する歴史的研究
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16H03310
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
伊藤 正子 京都大学, アジア・アフリカ地域研究研究科, 准教授 (20327993)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
下條 尚志 京都大学, 東南アジア地域研究研究所, 研究員 (50762267)
小田 なら 京都大学, アジア・アフリカ地域研究研究科, 研究員 (70782655)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | ベトナム / 華僑 / 華人 / チョロン / ヌン自治国 / ガイ人 / ドンナイ省 / ホイアン |
Outline of Annual Research Achievements |
2016年は6月と12月にそれぞれ約一週間ホーチミン市総合科学図書館にて新聞資料収集を行った。ここはベトナムで唯一南ベトナム政権時代に中華街であるチョロンで発行されていた各種華字紙を保存している。これにより、同化政策を行ったと言われるゴ・ディン・ジエムによる華僑・華人政策の実態と、それに対する華僑側の反応が具体的に明らかになった。 8月には約2週間、ハノイ人文社会科学大学のグエン・ヴァン・チン准教授の協力を得て、研究分担者2人と共に、明朝崩壊時に清朝の支配を嫌ってベトナムに入植した中国系住民の入植地であったドンナイ省と、ホーチミン市で、資料収集とインタビュー調査を行った。更にドンナイ省では、東北部中越国境にフランス植民地時代に存在した「ヌン自治国」の主要住民であった客家系ガイ人が、社会主義政権の支配を嫌って、南北分断時の1954年以降入植した地域を訪問した。この移住先のガイ人については、ほとんど知られていなかったが、彼らが移住後どのように生きてきたのか初めて明らかになった。その後、中部の大都市ダナンで華人会館や華語教育について聞き取り調査を行い、近郊のホイアンでは、各華人会館を訪問して個々の華人のライフヒストリーを聞き取った。南部のメコンデルタとは違い、観光地であるホイアンは国家の庇護を受け、建物のメンテナンスなどが充実している一方、華人が国家の強い支配下に置かれていることもわかった。 また2017年3月にはホーチミン市チョロンで、研究分担者以外に、広州曁南大学の鄧応文准教授を加え、漢方薬を扱う商人や、伝統医療に携わる医師たちに対し聞き取りを実施した。鄧氏が広東語のネイティブのため、母語が広東語の華人たちは、ベトナム語でインタビューするより率直に答えてくれ、漢方薬取引ネットワークや、伝統医学医師の養成において、国家が華人よりベトナム人を優遇し始めている様相が明らかになった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
中越関係悪化のなかで、ここ数年華人研究は完全なタブーとなっており、公式の許可は申請しても出るはずがないことがわかっていたので、チン教授のつてをたどってのフィールド調査を実施した。しかし期待以上の成果があがった。ホーチミン市では、会社経営者数名にインタビューすることができ、かれらが国家からの介入を嫌って、銀行などを全く頼りにせず、親族のネットワークだけをつてに商売を行っていること、1975年以降海外に脱出した家族・親族のネットワークが大きくものを言っていることなどが明らかになった。 また「研究実績の概要」でも述べたように、ドンナイ省のガイ人(客家系)の人々から直接話を聞くことができたのは大きな成果で、フランスがベトミンに対抗して中越国境に設立したとされていた「ヌン自治国」の実態がわかった。フランスが中華系住民を利用して、中国との間に緩衝地帯をつくっていたわけでユニークな存在である。 中部ダナンとホイアンにおいては、「華人」と「明郷(ベトナム人化した華人)」に複数インタビューできたことで、かれらの違いは何であるのか、おぼろげながら見えてきた。かれらの自己認識の基準は、ベトナムにやってきた年代が古く母親にベトナム人がいて同化が進んでいるかどうかだけではなく、社会の比較的上層で知識階層に属した人々が科挙などを受けて地元の有力者となり「明郷」と認識するようになったケースが多く、商売のみに注力してきた人々が「華人」と自己認識しているようだが、これは更に精査して論文としたい。 またホーチミン市チョロンで商売をしている漢方薬商や、医院を開業している伝統医学医師を訪問したが、思っていたよりずっとベトナム人(多数派のキン)の進出が進んでおり、政府がそれを後押ししている様子もかいま見えた。アテンドを頼んだ華人学生の紹介やアテンドが非常によかったことも思った以上の成果を挙げられた理由である。
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Strategy for Future Research Activity |
第二年目である2017年は9月と12月にそれぞれ一週間のフィールド調査を予定している。第一回目は、メコンデルタのクメール人居住地域に詳しい研究分担者とともに、メコンデルタのソクチャン、ハティエン、バクリュウなどの各省にて、フィールド調査を行う予定である。メコンデルタはベトナム領ではあるが、華人とクメール人の色濃い影響がみられる。もともとクメール帝国領であったため、ベトナム領に住むクメール人については研究の蓄積もある程度あるが、華人に関しては抽象的に「米の買い付けルートを支配している」などと言われてきたが、1975年以降の調査はほとんどされていない。そのため、都市以外のメコンデルタに居住する華人がどのような歴史を生きているのかを明らかにしたい。また、12月には再度ホイアンを訪れ、明郷会館を通じて明郷の人々のインタビューを継続すると同時に、古都フエを訪問して、ここでも阮朝下で同化が進んだ明郷の実態を明らかにしたい。これらを通じて、政治権力側の政策に対し、どういう人たちが同化していったのか、同化しない人たちはなぜしないのか、敵対する「中国」にルーツを持ちながら「華人」としてベトナムで生き続けていることの「しんどさ」について、引き続き明らかにしていきたい。 最終的には(フランス植民地政府を含む)ベトナムの国家権力側の華僑・華人統治政策を歴史的に追い、それに対して華僑・華人がどのような対応をとり、自分たちのアイデンティティを維持・変容させてきたのか、南北の違いにも目配りし、華人内部の多様性も考慮し、さらに国家権力側、華人住民側だけでなく、華人をとりまくベトナム社会側の反応も踏まえ多角的に検討していきたい。国家同士のぶつかり合いの下で、居住国と対立する国家と係累をもつ人々は、国家関係や政策に翻弄されつつ、どう生きてきたか、文献に加えオーラルヒストリーの手法を駆使し明らかにする。
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Research Products
(9 results)