2016 Fiscal Year Annual Research Report
The Formation of Imperial China seen through Institutional Changes between the Ch'in and the Han as reflected in recently excavated sources.
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16H03487
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Research Institution | Tokyo University of Foreign Studies |
Principal Investigator |
陶安 あんど 東京外国語大学, アジア・アフリカ言語文化研究所, 准教授 (80334449)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 中国史 / 簡牘学 / 法制史 / 秦漢時代 / 文書行政 / 里耶秦簡 / 嶽麓秦簡 / 帝制中国 |
Outline of Annual Research Achievements |
最大の研究成果は、里耶秦簡の様式論的分類に基づく史料総覧の作成である。永田英正(1974/1989)が居延漢簡等の西北漢簡を対象として簿籍簡牘を集成・分類して上計制度の実態を解明してから、簡牘の古文書学的研究は、文書簡牘についても同様な集成と分類の試みを中心に発展してきたが、その研究には、二つの限界があった(陶安2017)。一つには、「記」という文書類型を巡る論争に象徴されるように、文書の集成と分類という古文書学的研究課題が、個別的歴史考証と混同して進められたため、文書の様式論的特徴に徹した古文書学的分類体系が構築できなかった。今一つには、歴史的変遷に伴い様式論的特徴も変化する文書を混淆して集成・分類したため、文書簡牘の異なる時代層が明確に区別できなかった。本研究においては、「敢言之」・「敢告」・「謂」・「告」・「追」等の「発信形式」に基づいて上位分類を行い、さらに送達記録の記述形式・受信者等を下位分類に用いた。文書に内在的な形式要素を基準とすることによって、上記の第一の問題が回避できたのみならず、「上行文書」・「下行文書」・「写し」・「副本」といった従来の分類概念に象徴されるような機能分類と様式分類の混淆も避け、一旦分類基準が定めれば個別文書の帰属が機械的に判断できるという意味において客観的な体系を構築することができた。次に、里耶秦簡という史料の選択は、分類の対象を、統一秦の遷陵県によって廃棄された比較的統一的な文書群に絞り、時代層の異なる史料の混入を防ぐことに大きく役立った。必ずしも当時存在していた文書類型が全て揃うとは限らないが、行政文書を一つの統一体として体系的に理解する同時代的視点が提供され、それを起点に文書様式の歴史的変遷、さらにそこから飛躍して文書の機能・文書行政の仕組み・帝制中国における法治の諸相がより明瞭に分析できることが今後期待される。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
昨年度は、①嶽麓秦簡第一類法令集の正確なテキスト構築、②里耶秦簡の様式論的分類に基づく史料総覧の作成、③文書行政における裁量権に関する理論的考察を内容とする研究実施計画を立てたが、三者の中で最も捗ったのは、②の史料総覧の作成である。それは、海外研究協力者との共同研究のほか、アジア・アフリカ言語文化研究所(AA研)の共同研究課題「里耶秦簡と西北漢簡にみる秦・漢の継承と変革――中国古代簡牘の横断領域的研究(2)」(陶安代表)との協力関係と相互補強効果によるところが大きい。 海外では、北京大学中文系・中国政法大学法律古籍整理研究所・吉林大学古籍研究所の研究者と里耶秦簡の釈読・訓詁問題および様式論的特徴に関して数多くの議論を重ねた。またAA研の共同研究課題では、本研究課題と並行的に里耶秦簡第5層・第6層・第8層文書簡牘の日本語訳注の作成を進めたが、本研究で作成した史料総覧が訳注に正確なテキストを提供した一方、訳注の作成はより正確な理解に寄与し、様式分類及び総覧に多くの訂正を齎し質を向上させる形で本研究にフィードバックされた。さらに、北京大学考古文博学院からの海外協力研究者の招聘により、文書行政の揺籃期である戦国時代の題銘資料という比較材料が提供され、総覧の推敲に役立った。 史料総覧ができたことにより、③の理論的考察にも弾みがついた。総覧に基づいて、実際に文書の中で意思決定に関する記述がなされないことが確認されたが、その事実は、公文書管理法等で「意思決定に至る過程を検証するための記録」と理解される現代の公文書と違って、中国古代の行政文書が、むしろ決定事項の伝達に重きを置いていたことを物語る。それは、情報伝達効率を最大化すべく裁量権を極度に排除したことにより、意思決定過程を不可視化しその法的制御を困難にする中国的法治の限界を明確に示すとも考えられる。
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Strategy for Future Research Activity |
史料総覧からは、情報伝達の手段である往来文書が大きな比重を占めている事実も明らかになったが、それは、意思表示の成文化を通じて権利関係を設定・証明する証書が中心的な役割を果たしていたヨーロッパの古文書と対蹠的であり、今後、ヨーロッパの古文書学にも十分に気配りする必要性を示す。 また、唐代以降の中国および日本の古文書に関する研究では、公式令に定められた様式体系が出発点となっているが、本研究の対象は、制定法に基礎を置いた様式体系が成立する以前の時代である。そのため、同時代史料から情報を蒐集して体系化を図らなければならない。そこで、史料総覧が提供する情報を十全に活用すべく、各文書から発信者・受信者・発信形式・資料根拠・主文等を抽出して詳細に比較検討する必要があると考えられるが、今後、関連情報を類型化して数量的比較が可能な表計算形式で蓄積する予定である。 昨年度の研究進行について反省すべき点としては、実証面では同時に二つの課題、つまり嶽麓秦簡法令集のテキスト構築と里耶秦簡の史料総覧の作成を進めようとしたため、研究資源が当初やや分散する傾向にあったことが挙げられる。里耶秦簡史料総覧に実証研究を集中させることによって、その作成は当初の予定よりも捗り、行政文書の現物に対するより正確な把握が文書行政における裁量権に関する理論的考察にも一層牢乎とした基礎を与えることになったが、嶽麓秦簡法令集のテキスト構築は、今後の課題として残されることとなった。本年度嶽麓書院から『嶽麓書院蔵秦簡(五)』が刊行され、それによって未公開の嶽麓秦簡も全て公開される見込みとなっていることから、法令集のテキスト構築は、全面公開を俟って、本研究課題の第三年度から集中的に推進する予定である。 なお、準備作業としては、研究代表者が以前出版した嶽麓秦簡司法文書集成の『為獄等状四種』の訂正版を編集する予定である。
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Remarks |
本研究代表者の陶安あんどが、本研究課題および同時進行のアジア・アフリカ言語文化研究所(AA研)の共同研究課題「里耶秦簡と西北漢簡にみる秦・漢の継承と変革――中国古代簡 牘の横断領域的研究(2)」(陶安あんど代表)の関連情報および研究成果を一般公衆に向けて発信するためのwebページである。
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