2017 Fiscal Year Annual Research Report
1930年代の日本における文学、モダニズム、宗教の関係──坂口安吾を中心に──
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16J00358
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
狩俣 真奈 早稲田大学, 文学学術院, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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Keywords | 坂口安吾 / 昭和文学 / モダニズム / 宗教 / ファルス / 翻訳 / 言語 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は1930年代前半を主な研究対象とした。坂口安吾が東洋大学在学時に学んだ仏教を通じて、時間に対する独特な意識を形成させたことはこれまでも指摘されてきていたが、この点について初期作品における身体表象との関係からさらに検討した。その結果、当時の安吾の問題意識が、すでに大正時代から流行していたベルグソン哲学や、同じ頃に伊藤整を中心に展開されていた新心理主義の「意識の流れ」や「内的独白」などに共鳴していたものであることがわかった。 次に、アテネ・フランセでの学習や、そこでの友人らと創刊した同人雑誌『言葉』、『青い馬』での翻訳をはじめとする活動を通じて、安吾がフランスを中心に流行していたモダニズム芸術を受容した過程を検討した。安吾の翻訳のあり方は逐語訳には程遠いものであったが、それはそもそも言葉が一対一で対応するものではないという認識からきている。初期作品以来、安吾の作品に一貫して見られるのがこの認識であり、こうした言語に対する不自由さこそが安吾に言語の「物質性」を意識させたと考えられ、初期の安吾を代表するといえるファルスも、こうした言語に対する物質性をテーマにしたものであることが明らかになった。 ただし、ファルスについては「風博士」(『青い馬』第2号、1931年6月)という実作の後に、「FARCEに就て」(『青い馬』第5号、1932年11月)で理論的に説明しているという前後関係がある。この研究では、同時代の日本のモダニズムと比較した結果、安吾が自身の問題意識を一旦作品化した上で、西脇順三郎や瀧口修造などを参照しつつ、ダダイズムやシュルレアリスムといったフランスを中心に流行していたモダニズムの思想と共振させるように自説を展開していたことを明らかにすることができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
最大の要因としては、産後に育児による休学を経て復学し、研究再開支援制度を利用しながら研究をまた始めたが、育児に手のかかる時間が想像以上に長く、期待通りに研究を進めることができなかったことが挙げられる。 また、論文を仕上げる前段階の調査等が想像以上に時間がかかったことが要因としてある。本年度に行っていた研究成果は、来年度以降に論文等の形で発表していく。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度に論文発表というかたちで完成しきらなかったことも含め、1930年代全体を対象として研究を行う。 坂口安吾が東洋大学在学時に仏教を学んだことで独特な時間意識と仏教観を形成し、またアテネ・フランセでの学習や交友を通してフランスを中心としたモダニズム芸術を受容していったことを確認する。その上で、ダダやシュルレアリスムといった運動や、中村正常らのナンセンス文学、北園克衛、西脇順三郎、瀧口修造など日本のモダニズムとの関係と、文芸復興など同時代の状況と、安吾の作品との関係を検証する。 次に、安吾が初めて完成させた長編小説である『吹雪物語』(1938年7月、竹村書房)と同時期の日本文学との関係について、当時日本の文壇に見られた故郷観や、転向者によって書かれた帰農の物語と比較するとともに、当時流行していたジイドやドストエフスキーなど外国作家の影響も検討する。 そのために、『吹雪物語』の舞台であるとともに安吾自身の故郷でもある新潟にて調査を行う。訪問先としては、『吹雪物語』に登場する各所のほか、8千点に及ぶ坂口安吾の遺品や資料を保有する「安吾 風の館」を予定している。 また、安吾が『吹雪物語』の後から「説話もの」「歴史もの」と過去を題材にしたジャンルを書き始めた要因と、同時期の日本文学に説話的要素を持つ作品が数多く見られる要因とを、戦争や「日本回帰」の流れのなかで検討する。安吾が戦争文学を批判していたことなども踏まえ、安吾の作品と戦争文学など国策文学との比較を行う。 これらの分析を通して、1930年代の安吾の作品に見られる身体感覚、速度表現、笑い、長編小説への志向、説話的語りなどといった諸々の特徴が、宗教とモダニズムとの融合によって生じたものであるとともに、同時代への共振を通して形成されたものであることを明らかにすることを目指す。
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