2016 Fiscal Year Annual Research Report
パルス中性子ビームとガス検出器を用いた中性子ベータ崩壊の精密測定
Project/Area Number |
16J01507
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
長倉 直樹 東京大学, 理学系研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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Keywords | 中性子寿命 / J-PARC / Time Projection Chamber / 空間電荷効果 / 筑波大学タンデトロン加速器 |
Outline of Annual Research Achievements |
私の研究課題では、パルス中性子ビームの精密測定によってCKM行列のユニタリ性の検証精度向上を目指している。そのためには中性子寿命と中性子角相関項という2つのパラメータの精度の向上が求められているが、本年度は茨城県のJ-PARCで行われている中性子寿命測定実験に関連する研究に取り組んだ。 本実験では検出器にMulti Wire Proportional Chamberを利用しており、中性子ベータ崩壊事象に加え、同時に中性子フラックス計測のための3He(n,p)3H反応を測定している点が特徴的である。中性子ベータ崩壊事象と3He(n,p)3H反応は検出器内に落とすエネルギーデポジットの大きさから識別できるが、3He(n,p)3H反応の場合に局所的なイオン雲によって電場が歪むことで増幅率が低下し、信号の線形性が崩れてしまう問題(空間電荷効果)が見られている。現状ではこの問題が上記の2つのイベントの識別に大きな系統誤差を与えており、中性子寿命の精度向上を阻んでいる主要な要素である。 そこで、私の研究テーマとして、この空間電荷効果をモデリングし増幅率の低下を定量的に理解することで、中性子寿命の系統誤差を大きく減らすことを計画している。ゲインの低下量に関して先行研究で立てられている仮説を検証するべく、放射線源やイオンビームに対する検出器の応答を測定する。本研究は、筑波大学応用加速器部門の1 MVタンデトロンのイオンビームを利用して行う。イオンビーム分析を専門としている筑波大学の関場大一郎氏と共同で研究を進めていく。 本年度は本実験の立ち上げ段階として、検出器の製作、データ取得システムや解析環境を構築した。その後、製作した検出器やシステムの性能評価を行い、検出器の時間安定性や場所依存性を理解することができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度の研究内容として、検出器デザインの決定(3ヶ月)、検出器の製作(2ヶ月)、データ取得システムの構築(4ヶ月)、検出器の基礎測定(3ヶ月)というような内訳で進めてきた。各々のプロセスで想定より時間がかかったが、以下の3点の理由から今年度は「おおむね順調に進展している」と判定した。 問題に対して粘り強く取り組み、その結果解決に至った:例として、データ取得システムについて紹介する。本実験では、各ワイヤーの波形取得ADCとしてKEK(高エネルギー加速器研究機構)で開発されたCopperLiteシステムで動作するFinesse ADCを使用している。購入したままの状態では想定していた動作をせず、製造企業やKEK職員とコミュニケーションをとりながら原因を精査したところ、初めにインストールされていたソフトウェアに不具合を発見した。そこで、KEKの田内一弥氏と共同でファームウェアを開発し、Finesse ADCを正常に動作させることが確認できた。 異なる研究機関の技術の融合:例として、イオンビームを入射する窓剤として、筑波大学が提案した厚さわずか100nmのシリコンナイトライドを採用した。この窓剤による陽子ビームのエネルギー損失はわずか数keVと見積もられている。また、DAQシステムにはKEKのエレクトロニクスグループが開発したCopperLiteのシステムを採用した。私の所属の東京大学だけでなく他研究機関との連携を密にとり、優れた技術を実験システムの多方面に組み込んだ。 研究室での体制の整備:本実験は修士課程の学生2人、学部課程の学生の1人を指導しつつ共同で研究を進めており、所属研究室の主要なプロジェクトの1つとなった。また、共同研究機関である筑波大学においても、スタッフを始めとする研究体制が整いつつある。
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Strategy for Future Research Activity |
上で述べたように、これまでに検出器やデータ取得システムの基本的なセットアップを構築し終えている。今後は放射線やイオンビームを実際に検出器に入射し増幅率の低下のモデル構築を行う。最初は90Sr(0.5MeVと2.2MeVのベータ線源)および241Am(5.4MeVのアルファ線源)を使った測定を行う。先行実験で提案されているモデルをモンテカルロシミュレーションに組み込んだ計算では、ベータ線に対しては増幅率が低下せず、アルファ線に対しては大きく低下することが示されている。実測データに対してこの現象が再現するか確認する。 次に本検出器を筑波大学応用加速器部門の1MVタンデトロンビームラインにインストールし、最大2MeVのエネルギーの陽子に対する増幅率の低下を測定する。本測定では陽子ビームが検出器に入射する角度が重要なパラメータであるため、望遠鏡を使ったアライメント作業に注力する。また、陽子ビームのエネルギーは可変であるため、いくつかエネルギーを変えて(例として、検出器を十分通過するエネルギー、検出器内で停止するエネルギー等)測定する。検出器は上述のように入射ビームに対する回転機構を取り付けており、ビーム入射角度に対する依存性によって増幅率低下のモデルの検証が可能である。先行実験で提案されているモデルを使ったシミュレーション結果と実際の測定結果を比較し、モデルの正当性を検証する。 本研究は2017年6月に完成する見込みで、結果を投稿論文としてまとめる予定である。現在のところ、5月の高エネルギー物理春の学校や9月の日本物理学会での口頭発表の申請が決定している。その他国際会議にも積極的に講演を申し込む予定である。 また、来年度は下級生の学生の指導にも更に積極的に取り組み、ハードウェアだけでなくソフトウェアの技術の伝達にも力を入れたいと考えている。
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