2017 Fiscal Year Annual Research Report
イブン・スィーナー没後の中東におけるギリシア系医学の展開
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16J03502
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
俵 章浩 慶應義塾大学, 言語文化研究所, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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Keywords | 科学史 / 医学史 / イスラーム |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究はイランの哲学者・医学者であるイブン・スィーナー(980-1037年)以降のギリシア系医学の中東世界における展開を明らかにすることが目的である。イブン・スィーナーの著書である『医学典範』は中東世界におけるギリシア系医学の集大成であり、その注釈書を読み解くことで研究の目的を達することができる。注釈書の中でも特にクトゥブッディーン・シーラーズィー(1236-1311年)のものに注目した。 この目的に向けて平成29年度には、クトゥブッディーン・シーラーズィーによる『医学典範』の注釈書の写本の読解を重点的に行った。平成28年度に写本デジタルデータをテヘランで入手したが、その写本データおよびほかの経路で入手した写本データを用いた。写本の読解においてはまず、『医学典範』第一巻第一部の精気概念が現れる箇所をすべてリストアップし(全部で30か所ほど)、それに対応するシーラーズィーの注釈箇所を特定した。全部合わせて数十頁に及ぶ注釈を通読し、そのうち特に難解な最後の箇所を除いて、それより前の比較的理解しやすい箇所のうち、シーラーズィーに独特の精気理解が論述される個所を選び出して校訂して説明を加えた。この研究成果は、所属研究所発行の紀要に発表した。 クトゥブッディーン・シーラーズィーによるこの著作はこれまで全体の最初の数ページしか校訂が出版されておらず、本研究は他の箇所についての最初の校訂・出版という意義がある。また、この著作は『医学典範』の注釈書の中でも大部のものであり詳細な注釈がなされているため、当時のイブン・スィーナー医学の受容状況を把握することができる。本研究はイブン・スィーナーの『医学典範』に代表されるギリシア系医学がどれほど受け継がれているのか、またどのような新しい要素が付け加わっているのかの理解につながるため、当時の医学理論の状況を推察する上で重要な研究であると考える。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
二年目の研究は全体として一年目の研究を発展させたものであり、平成28年度から平成29年度の二年間にかけ、研究対象を絞って継続的に研究の進展があったと言える。一年目に入手した写本データを用いて二年目に校訂を行い、その研究成果を「Qutb al-Din Shirazi on Ruh: A Note and Editing of Passages on Ruh in His al-Tuhfah al-Sa`diyah (Commentary on Avicenna's Canon of Medicine, Book One)」(クトゥブッディーン・シーラーズィーによる精気についての見解――『サアドへの贈り物』(イブン・スィーナー『医学典範』第一巻に対する注釈)における精気概念出現箇所の校訂と注解――)と題して所属研究所発行の紀要に出版することができた(平成30年3月)。これは英語による論文であり、成果を国際的に発信することができた。 また、本研究課題を進めるため、平成30年2月4日から3月22日までのおよそ七週間、学術振興会の「ERCとの協力による特別研究員の海外渡航支援事業」の枠組みで、ユヴァスキュラ大学の研究者であるヤリ・カウクア(Jari Kaukua)教授の研究チームに参加した。自身の研究を発表する機会が与えられ、前述の紀要論文の内容を要約したものを、研究チームのメンバーおよびユヴァスキュラ大学所属の哲学研究者に対して報告し、そこから研究進展に有益なコメントを得ることができた。
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Strategy for Future Research Activity |
一年目から二年目にかけての研究は成果を出しながらおおむね順調に進められており、今後の研究方策に大きな変更はない。最終年度は現在の方策の延長線上で、さらにクトゥブッディーン・シーラーズィーの『「医学典範」注釈』写本の校訂作業を続ける。これに加えて、この著作が執筆された当時の背景について調査を進めたい。この著作の校訂とその思想史上の位置づけは、研究目的の達成に適切な課題である。
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