2016 Fiscal Year Annual Research Report
「器楽」の概念形成――イタリア・ルネサンス期のインタヴォラトゥーラ集を中心に――
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16J04516
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Research Institution | Tokyo National University of Fine Arts and Music |
Principal Investigator |
菅沼 起一 東京藝術大学, 大学院音楽研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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Keywords | 声楽曲の器楽による演奏実践 |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度は、資料の収集とディミニューション技法に関する一次資料の精読を中心に行なった。夏季休業中にロンドンとバーゼルに赴き、中世・ルネサンス期のインタヴォラトゥーラに関する手稿資料を調査・閲覧した。ロンドンでは、大英図書館所蔵の16世紀の鍵盤音楽の手稿資料3点の調査を行い、バーゼルでは、各地の図書館からバーゼル・スコラ・カントルム図書館に集められた写本資料のマイクロフィルム調査、当館所蔵のファクシミリ本(16世紀のリュート教則本やディミニューション教則本)などの閲覧を行なった。バーゼルでの調査資料の中には、21世紀に入ってから発見され、未だ基礎研究も行われていない15世紀イタリアの資料も含まれており、特にタブラチュアで記譜された手稿に関して包括的な目録作業も行われていない現在の資料状況の整理につながった。 また、今年度は2回の学会発表を行なった。1回目は修士論文で扱った独奏楽器のためのディミニューションとリュートや鍵盤楽器のためのインタヴォラトゥーラとの親近性の指摘を行う内容であり、バロック以前の器楽曲とその実践の中で「声楽曲を器楽で演奏すること」がいかに重要かつベーシックな位置付けを持っていたかプレゼンテーションを行なった。2回目は、ディミニューション技法そのものに焦点を当てた発表を行った。そこでは、16世紀を通して記述された多くの言説資料から、特にディミニューションがアンサンブルの中でどのように実施されるべきであると考えられていたのか、そしてディミニューション技法が持つヴィルトゥオジティを当時の著述家たちがどのように意識されていたのか、という問題に関しての仮説を提示した。 上記の研究から、インタヴォラトゥーラなどの「声楽曲を器楽で演奏する実践」が当時の器楽奏者達の基礎となる演奏技術である一方、高いヴィルトゥオジティを誇示する場として意識し実践されていた可能性が浮上した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
資料調査は当初の計画から若干の変更がありつつも、ヨーロッパにおける当該分野の資料整理状況を明らかにした点においてその進捗は順調であると考える。ロンドンの調査では、16世紀イングランドの鍵盤資料に関しての調査はほぼ終了した上に、「声楽曲を鍵盤楽器で演奏するように楽譜を書き起こしたメモ」が書かれた写本資料(York, Minster Library, MS91)など、現地に赴いて初めて出会う価値ある資料などもありその調査は実りあるものであった。このことはバーゼルでの調査でも同様で、先述の今世紀発見された15世紀イタリアのインタヴォラトゥーラ資料の閲覧なども当初の計画外で得られた成果であった。しかし、インタヴォラトゥーラ資料の残存状況は当初の想定を超えた非常に膨大なものであるということも同時に判明し、そのような資料との現実的な向き合い方・調査方法は次年度以降の大きな課題となった。 言説資料の精読については、当初より大幅な進捗があったと考える。調査を行なった資料点数こそ少ないものの、重要度が高いと目された資料の読解を優先的に進めたことで、ルネサンス期の器楽奏者たちの美意識や演奏に関する価値観に関して本研究の結論部分に直結する情報が得られたと考えている。このことは、研究の初期段階では予想していなかったことであり、このような言説資料の調査と精読は今後も積極的に行う必要性があると認識している。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度も、引き続き「資料調査」と「言説研究」の2本柱とする。 資料調査については、先述の通りインタヴォラトゥーラ資料の予想を超えた膨大さへの実際的な対処が大きな問題となる。イタリア由来の資料だけでもヨーロッパ中に散逸している資料の整理は大きな労力がかかる上、リストアップは可能でも各資料の詳細な調査や記譜された楽曲とそこに施されたディミニューション技法の分析などを全ての資料に対して行うことは本研究の範囲を大きく超過するものであると考えられる。そのため、資料調査は今後のさらなる研究を推進するための「予備的研究」とし、資料のリスト化を優先事項とする。 言説研究は、むしろ注力すべき事柄であると考える。初年度で、本研究の対象となる多くの教則本からはこれまでの音楽学研究分野では顧みられることのなかったルネサンス期の奏者(特に器楽奏者)が「どのような演奏を理想としていたか」という問いに対する一つの考え方が見えてくる可能性が浮上した。このことから、資料のさらなる収集を進め、多くの奏者の言葉をサンプルとして集めその精読と考察を行なっていく必要があると考える。そこからは、器楽奏者の「アイデンティティ」と「ヴィルトゥオジティ」というルネサンス音楽研究における新たな見地が議論することが可能である。 また、研究対象であるインタヴォラトゥーラという存在の「特異性」(楽譜に記譜・固定化された「作品」である一方、実際の演奏において特に施されたディミニューションをその通りに演奏されることはむしろ推奨されていない点)や上記の奏者の美学的言説研究から、本研究は現在音楽学研究領域において進められる「学際的・ポストモダン的研究手法」に則りさらなる考察を行う必要性がある。そのため、次年度は研究の枠組みや土台構築の一助とするため社会史・身体論・分析哲学・文学理論など他人文諸学の研究手法の応用可能性についても試みる。
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