2016 Fiscal Year Annual Research Report
初期ロマン派Fr.シュレーゲルにおける「断章」思想―エッセーの系譜として
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16J04556
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Research Institution | Rikkyo University |
Principal Investigator |
二藤 拓人 立教大学, 文学研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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Keywords | Fr.シュレーゲルとフラグメント / 「アテネーウム断章集」の活字体裁 / 1800年頃の黙読文化と著者性 / メディア美学と受容美学 / 反解釈学的テクスト / 初期ロマン派の断片主義思想 |
Outline of Annual Research Achievements |
フリードリヒ・シュレーゲルにおける「断章」(Fragment)形式の独自性を解明しようとする本研究において、平成28年度に実施された研究内容及びその成果は大きく分けて以下の3点である。 1.18世紀後半において「断章」がタイトルとして如何なる文芸ジャンルを指示するものであったかを調査した。結論として「断章」を表紙に掲げた書籍は、当時全般的に文献学的実証的な調査報告書か娯楽文学の一種といえたが、シュレーゲルらの共著「アテネーウム断章集」(1798、以下「断章集」)は、この表題から期待されうる文書とは掛け離れたアフォリスム集であった。今日でこそロマン派の断章といえばアフォリスム形式に分類されるが(ノイマン1976)この前提は当初自明ではなかったことになる。 2.「断章集」の活字体裁が例外的に簡素であることを、同時代の教養市民読者層へ向けられた書物の体裁との比較を通じて検証し、これが「断章集」の編纂・校正を主導したシュレーゲルの指示であることを、この時期の彼の書簡集や遺稿断章の中から立証した。彼の操作によって「断章集」の印刷紙面からは、当時通例であった読書を補助する「教育的な」指示表記や活字強調が取り除かれている。この特徴は、断章形式には1800年頃の読者が前提とした著者性(キットラー1980)を無効にする機能があるという本研究全体の代表的テーゼに対して、活字紙面の知覚という観点から積極的に貢献するものである。 3.〈活字記号の知覚〉の次の段階といえる〈言語解釈〉の際の特異性について、断章形式の反解釈学的性質として分析を試みた。「断章集」では、個々別々の断章同士を「理解」しようとする際、テクスト全体の意図に還元できない点から所謂「解釈学的循環」(ガダマー1960)が生じ得ないこと、代わりに生じるのは、ことば同士の暫定的なネットワーク化のみであることを幾つかの断章の連なりを例に論証した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
上記の1.と2.に関して、平成28年11月に開催された日本独文学会関東支部研究発表会(東京理科大学)にて発表を行い、この成果を踏まえた論文が立教大学院ドイツ文学専攻の論集において報告される。平成28年8月に韓国のソウル中央大学校で開催された国際学会アジア・ゲルマニスト会議、並びに平成29年2月の立教大学での国際シンポジウムで上記の3.について中心に扱った口頭発表をドイツ語で行い、前者は今年中にドイツのペーターラング社から出版される論集に掲載されることが既に決定している。このように国内外の学会で本研究の各論が採用され、着実に実績をあげたことは一定の評価に値するだろう。とりわけ2つの国際学会での発表は、国内ではなかなか行えない外国の研究者たちとの率直かつ建設的な意見交換の機会になり、今後の研究促進のために資するものが多かった。 以上の具体的な研究実績に対応するようにして、実施内容の面でも、シュレーゲルの「断章」と当時制度化された読書形式との関係の理論的考察において見るべき進展があった。これを可能にするために、研究対象のテクスト分析は勿論、新しくメディア文化学・メディア美学の理論、そしてテクスト解釈学や受容美学の理論を適宜把握する必要があった。その際一方でマクルーハン、オングを基礎にしてF.キットラーやJ.ヘーリッシュの著作を、他方ではガダマー、ヤウスあるいはシュレーゲルと同時代のシュライアマッハの原典を参考にした。この横断的な文学理論の踏襲は、本研究に関わる範囲に意図的に限定したため、ある程度見通しを得ることに成功している。ただし後者の哲学的・文学的解釈学に関しては、シュレーゲルの詩学理論との連関で、日本で知られていない詳細なドイツ語先行研究の予期せぬ発見もあり(ミシェル1982など)、これらの精読と分析、更に本研究の趣旨に合わせた論述の面で積み残しがある。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究は大枠として、第一にフラグメントということばを初期ロマン派の「断片」概念として美学的・詩学的理論の範疇で整理すること、第二にこの表現形式の中で実際に書記行為を行った書き手シュレーゲルの書字論として分析すること、そして第三に「断章」(ここではアフォリスム)形式による公刊著作の受容が読者に及ぼす効果を論究することに分けられる。先の上述のように、平成28年度は活字にされた断章作品の受容形態・読書形式について扱ったため、三番目の分類に焦点を当てたことになる。次年度以降は、自然神学・形而上学ないし美学・詩学の理論における全体/部分、客観/主観、観念/実在といった対比の中でシュレーゲルの断片思想が如何なる立ち位置にあるかを、シラーやフィヒテなど同時代の思想上の言説との対立・親和関係を参照しながら明瞭にする予定である。これまでの分析に基づけば、この一番目の区分における論述が、有機的に二番目の書字論へと繋がる構想になっている。 本研究の最終目的である博士論文に関係するテーマ設定でのみ学会へ積極的に参加しようとする態度は、前年度と変わらず、既に平成29年春季に学会発表の予定がある。ただし、今後は発表の成果のみならず、そこでの反省点や批判された部分を博士論文の構想に着実に反映させることが不可欠となる。そのため平成29年度の秋季以降、研究の進捗状況によっては学会発表を断念してでも論文執筆に専念する可能性があることも念頭に置いている。その代わりに、春季にドイツのマールバッハで開催されるシュレーゲル協会の5年次学会へ聴講参加することや、夏季には大学の休暇を利用してビーレフェルドで行われるドイツ・ロマン派についての集中講義への参加を予定している。この2つの海外研修は、本研究に欠かせない知識を吸収し、シュレーゲル研究の近況を実地調査するためのまたとない機会といえ、本研究への積極的な影響が期待できる。
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