2017 Fiscal Year Annual Research Report
初期ロマン派Fr.シュレーゲルにおける「断章」思想―エッセーの系譜として
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16J04556
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Research Institution | Rikkyo University |
Principal Investigator |
二藤 拓人 立教大学, 文学研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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Keywords | 断片 / 断章 / シュレーゲル / ドイツロマン主義 / 書記行為 / 草稿資料 / メディア論 / 読書文化 |
Outline of Annual Research Achievements |
Fr.シュレーゲルにおける「断片・断章」(Fragment)の独自性を解明しようとする本研究において、平成29年度は特に以下の二点について成果を得た。 1.主に美学の領域でみられる理念・概念としての「断片」理論について、一方では、18世紀のロマン派から20世紀後半のポストモダンに至るまでの観念史研究(Osterman1991)を、他方で1800年頃の言説に限定した諸論考(Zinn1959、Frank1981、Oschmann2013)を基礎に整理し、シュレーゲルにおける断片概念の特異な位置付けを明確にした。彼の初期の覚書からは、断片が語源通り破片、未完、部分などの意味として単純に理解されない場合がある。こうした箇所からはむしろ、断片がそれぞれ「絶対的」であり、それ自体で完結した「体系」と同一視されるほどの強度を内包しているとの考えが読み取られた。このシュレーゲルによる〈完結した断片〉という矛盾した思想を明瞭に示すだけでなく、これが単に理念的レベルの問題にとどまらず、思想の前提となるメディアの条件、特に書物の物質的堅固さ(Ong1982)という特質との相関のもとに形成されている可能性も論証した。 2.「断章」形式における書記表現の内実や成立条件について、シュレーゲルの遺稿のファクシミリ(複写)を参照しながら考察した結果、彼の手帳は、その書かれ方や紙面の使用方法の点で使い分けられていることが判明した。これを受けて本研究は、講義用の文書あるいは出版前の最終稿としての「原稿」と、それ以前の雑多な覚書の段階といえる「手稿」とに彼の遺稿を分類し直しながら、後者をとりわけ「手稿断章群」と定義し、そこに表れている文体・書法の特徴を分析した。彼の手稿を観察すると、(彼が早くから習熟していた)原典批判と解釈学を基本にする古典文献学の学問的技法を前提に構成された筆記の過程が看取された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度は、年次研究計画の最も重要な目標である博士学位論文中間報告書を「フリードリヒ・シュレーゲルの〈断片・断章〉研究―メディア文化論およびジャンル文芸論からの分析―」というタイトルで提出し、受理された。この他に、上述の1.に関して平成29年5月に開催されたアイヒェンドルフ協会研究発表会(於日本大学文理学部)にて報告を行い、そこで得た成果は同協会の論集にて論文にした。2.については立教大学大学院ドイツ文学専攻の論集において日本語で論文にし、日本独文学会主催の第58・59回蓼科文化ゼミナール論集へのドイツ語による寄稿においても、立論の重要な箇所で取り上げている。後者は2018年度内にIudicium社からの出版が予定されている。 これらと並んで、春季にドイツ・マールバッハの文学アーカイヴセンターにて開催されたシュレーゲル協会の5年次学会へ聴講参加し、夏季にはドイツ・ビーレフェルト大学にて行われたドイツ・ロマン派をテーマにした集中講義へ参加した。この際に研究資料の収集も並行して実施した。とりわけシュレーゲル協会現会長のUlrich Breuer氏(マインツ)、シュレーゲル研究を牽引している若手ニーチェ研究者のChristian Benne氏(コペンハーゲン)、原稿・書字研究を専門にするMonika Sproll氏(ベルリン)との意見交換の機会が得られたことは大きな収穫である。今後ドイツでの実地研究を実現するために不可欠となる、国際的かつ学際的な人的ネットワークの構築を促進することができた。 このように、本研究に関係するテーマを中心にした学会・研究会での口頭発表や寄稿論文の執筆、シュレーゲルならびにドイツ・ロマン派に関連した二度の短期海外出張といった、研究推進のための積極的な活動を行い、着実に実績をあげたことは一定の評価に値するだろう。
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Strategy for Future Research Activity |
博士論文の完成に向けて、今後は上記した2.の観点である書記行為としての断章形式について引き続き研究を進める。 先に述べた「手稿断章群」における古典文献学の技法とは具体的に、書き手(シュレーゲル)が数々のテクストを多読し、それらの内容を手帳に「抜粋」し、「要約」しながら「解釈」、「注釈」、「批判」などを施す方法のことである。断章の産出過程はこのような読み書きが不断に連動する書記行為をその内実にしている。こうしたシュレーゲルの筆記法について本研究は、断章を書く場面において、自己の内面を表現する能動的・主観的書記、あるいはドイツ語圏の〈書記現場〉研究の定説である書き手の意識に還元する「自己読書」の伴う書記(Giuriato2008)とは異なる、受動的・客観中立的な書記が想定されるとの仮説を立てている。この立場を詳細に論述するために、ドイツ語圏において当時制度化されはじめた出版と読書などのメディア文化との関連や、近代的な「著者」の誕生との対比関係について参照が必要であるだろう。現時点では、断章表現は著者の主観性や書き手の能動性に貢献する書記形式ではなく、むしろこの頃に発達する読みの能力に規定された「専門的な読者」(Assmann1996)が習得した文化技術の系譜と密接に関係していると仮定している。 なお本研究の最終年度である平成30年もまた、成果報告の場として、日本独文学会秋季研究発表会においてドイツ・ロマン派と「遊戯」の理論と実践をめぐるシンポジウム(申請中)を、12月には広く「テクストの成立環境」をテーマに開催される国際会議(於オーストリア・インスブルック)にて招待講演を、それぞれ日本語とドイツ語で実施することが予定されている。
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