2017 Fiscal Year Annual Research Report
冗長大自由度を有する身体運動の制御を簡略化する神経システムの解明
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16J04573
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
萩生 翔大 東京大学, 教育学研究科, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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Keywords | 身体運動制御 / 運動学習 / 腕到達運動 / 筋電図 / 筋シナジー |
Outline of Annual Research Achievements |
我々は運動を生み出すだけではなく,修正することで外部環境と適切に相互作用することができる.しかし,莫大な数の筋の活動をどのように変更して,結果として手先の軌道を素早く修正しているのかは未だ明らかになっていない.また,身体運動時の筋活動は,いくつかの筋のまとまり(筋シナジー)を機能単位として制御されているという考え方が浸透してきている(Tresch et al. 1999; Hagio & Kouzaki, 2014).それでは,運動を修正する際の多数の筋の活動量変化は,この筋シナジーを基盤として生じるのだろうか,あるいは筋シナジーでは説明できない新奇なパターンの出現を要するのだろうか?本研究では,腕到達課題を用いて,新奇な力場環境への適応時に膨大な数の筋の活動がどのように修正されるのかについて,筋シナジーの考え方を適用することによって明らかにした.被験者はロボットに接続されたハンドルを右手で握り,前方40cmのスタート位置から,水平面上の一様な各8方向へ10cmの腕到達運動を行なった.途中,手先の垂直方向の速度に依存した力を,ロボットを通じてハンドルに加え,その力に対する適応過程を観察した.また,試行の間に,仮想の壁を作って,スタート位置からターゲットまでの軌道を直線に統制する試行(エラークランプ試行)を実施し,運動学習量を正確に測定した.課題中,上肢の14筋より表面筋電図を導出した.その結果,まず力場学習前,3つのグループ(筋シナジー)を単位として筋が活動していることが明らかとなった.学習試行中,被験者は力場環境に素早く適応したが,その際に得られた筋活動の修正量は,非常に複雑なパターンを示した.しかし,それら筋活動の修正量は学習前に見られた3つの筋シナジーを用いて十分説明可能であり,つまり,莫大な数の筋の活動が少数のグループを単位として修正されていることが示された.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本年度は,身体運動を新奇な環境に適応させる際,多数の筋の活動量がどのように変化するのかについて明らかにすべく,実験を行なった.腕到達課題を用いて,新奇な力場環境への適応する際の14筋の活動量変化を定量した実験では,適応前に用いていた約3つの筋のまとまり(筋シナジー)を単位として,筋活動の修正が起こることが明らかとなった(研究実績の概要参照).本研究では,腕到達運動中の手の軌道・力だけではなく,複数筋の筋電図の取得や,モーションキャプチャシステムを用いた関節運動の計測など,大掛かりな実験を要したため,当初は本実験の遂行のみを計画していた.しかし,実験や解析をスムーズに遂行できたため,合わせて以下2つの実験を行なった. まず,1つ目の実験で観察された,新奇な環境に適応する際の筋シナジーを単位とした筋活動量変化(学習応答)が,どのような情報に基づいて決定されているのかについて明らかにした.実験は右手での腕到達運動を用いた.1回もしくは2回の力場試行(研究実績の概要参照)の前後にエラークランプ試行(研究実績の概要参照)を行い,力場試行と力場試行前のエラークランプ試行,力場試行前後のエラークランプ試行時の筋活動の差分から,それぞれ,力場によって生じた誤差のオンラインでの修正量(フィードバック応答)と,オフラインでの修正量(学習応答)を定量した.両者を比較した結果,まず学習応答とフィードバック応答は同様の筋シナジーを単位としており,また,両者には時間的空間的な相関が観察された.このことから,学習応答は直前に受けた誤差に対するフィードバック応答を教師信号として決定されていることが示唆された.また,片手での運動に加えて,両手で運動を行う際についても,新奇な環境へ適応する際の筋活動の修正量について定量した結果,両手の筋に関わる筋シナジーを単位として筋活動が修正されることが明らかとなった.
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Strategy for Future Research Activity |
身体運動を新奇な環境に適応させる際,莫大な数の筋の活動が少数のグループ(筋シナジー)を単位として修正されていることを示した.しかし,筋シナジーとして算出される筋のグループ内での各筋の協調性が,運動制御システムとしてどのくらい安定的なのかは,未だ明らかになっていない.これを検証することは,筋シナジー仮説の妥当性を検討する上でも重要だと考えられる.そこで今後は,単一筋の出力に外乱を起こすような実験系を構築し,筋シナジー内での筋間の相互作用について明らかにする研究を計画している.外乱は,対象となる筋への二相性の電気刺激とする.電気刺激のパターンを変調させることによって,単一筋に対して疲労や感覚情報の変化を誘発し,その状況下で運動や筋の活動がどのように生成・修正されるのかを定量する.実験では,右手で握ったハンドルに対して水平面上で等尺性の力を発揮する課題を行う.ディスプレイに表示された,発揮された力ベクトルを表すカーソルを,スタート位置からターゲットまで移動させる課題を基本とし,課題の途中で外乱試行を実施する.また,課題の開始と同時にカーソルを消す試行(カーソルクランプ試行)を外乱試行の前後に行うことにより,学習量を正確に測定する.課題中,手・肘・肩関節周りの14筋から表面筋電図を導出する.外乱の前後で,外乱を与えた筋を含む筋シナジーを単位として筋活動が修正されるという結果,外乱を与えた単一筋の活動のみが変化するという結果,もしくは,全く新しいパターンで(新しいグループを単位として)筋活動が修正されるという結果が予測される.1つ目の結果の場合,運動制御システムにおける筋シナジーの構造安定性が示されるが,後半2つの結果の場合は,筋シナジーの枠組みを超えた,新しい運動制御仮説の提唱が期待される.
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