2017 Fiscal Year Annual Research Report
鉱物中の水素位置で読み解くマントルダイナミクス:鉱物物性の結晶化学的理解に向けて
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16J05854
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Research Institution | Okayama University |
Principal Investigator |
櫻井 萌 岡山大学, 惑星物質研究所, 特別研究員(PD)
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Project Period (FY) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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Keywords | 上部マントル / 無水鉱物 / FTIR / 水素配置 / 高圧その場IR実験 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では、マントルダイナミクスの解明に向け、水に起因した物性変化を結晶化学原理により体系的に理解することを目的とし、高圧実験を主とした鉱物中の水素位置の決定を目指している。そこで、本年度、高圧下で試料にかかる差応力を見積もるために、以下の研究を行った。
・高圧実験回収試料の微細組織観察 本研究課題では、水を含んだ無水鉱物のIRその場観察実験を行い、その手法の確立、およびIRスペクトルの圧力変化を観察した。 実験より、Foのa軸に平行な偏光IRにおいて、4 GPa以上で3612 cm-1 (OHバンド)の高波数側への大きなシフトが観測された。一方、b軸に平行な偏光IRにおいては同波数のバンドは低波数側へシフトし、c軸に平行な偏光IR ではほぼ変化しないという三者三様の挙動が観測された。しかし、本実験で高圧発生に用いたダイヤモンドアンビルセル(DAC)は、上下方向に一軸圧縮を加える機構であり、さらに圧媒体には赤外光に透明なKBrを用いているため、試料室内の静水圧性の悪さが実験結果に影響を与える可能性が指摘された。 試料は既に回収済みであるため、直接試料に生じた差応力を測定することは不可能である。そこで、高圧実験回収後の試料に生じた差応力を見積もるため、愛媛大学GRCにおいてTEMによる微細組織の観察を行った。差応力は、試料の転位密度より求めることが出来るとされているためである。その結果、試料には極少量の転位が観察された。観察された転位量とこれまで報告されているカンラン石についての応力と転位量と比較することで、差応力は実験中に与えた最大圧力に比べ、十分に小さいことが明らかとなった。このことから、これまで私が行ったダイヤモンドアンビルセルを用いたFTIRスペクトルのバンドシフトは差応力の影響ではなく、圧力による効果によるものであると考えられる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
上部マントル主要鉱物であるカンラン石に微量に含まれる水は、物性に大きな影響を与えることが知られているが、結晶中の水素の位置は物性を考える上で特に重要なテーマとなる。本研究課題では、カンラン石中の水素配置の解明に向け、高圧その場IR実験、電子状態計算を組み合わせて鉱物中の水素配置が物質科学的に与える影響を精密に理解することを目指して研究を進めている。 本研究課題では、化学量論的には無水鉱物であるカンラン石中の少量しか存在しない水素の結合状態を高圧下でのその場IRスペクトル観察により世界で始めて成功し、FTIRスペクトルのバンドの波数の圧力依存性を明らかにしつつある。さらに、電子状態計算に基づき、実験結果を説明しうるカンラン石中のOHの位置の特定も行った。バンドシフトは差応力の影響を受ける可能性が指摘されていたが、TEMによる回収試料の転位観察の結果、差応力は実験中に与えた最大圧力に比べ、十分に小さいことも確認しており、現在論文を執筆中である。微小な水素の結合状態のシグナルを高圧下で捉えることは非常に難しく、この論文が公表されると、大きなインパクトを与えることが期待される。 このことから、研究はおおむね順調に進展していると判断した。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度までに、室温下における安定的な高圧その場IR実験技術の確立はほぼ完了した。そのため、本研究課題最終年度である平成30年度には、単結晶ダイヤモンドセル(DAC)を用いた高温高圧その場IR実験技術の確立を目指す。 高温高圧その場IR実験を行うためには、ダイヤモンドアンビルセルを加熱する機構を取り付ける必要がある。全真空型FT-IRの真空試料部に外熱機構の取り付けを行い、~1000Kまでの高温高圧その場IR観察を行う。高温高圧その場IR実験は、その実験的困難さから前例がなく世界初の試みである。高温にすることで、無水鉱物から水が脱水をする可能性が生じる。そのため、既に最適化したセル構成をさらに改良する必要がある。具体的には、圧媒体を影響の少ないものに変える必要や、高温にすることで生じうる圧抜けを防ぐためにガスケット材を考慮する必要がある。高温での圧力測定には、ルビー蛍光法は困難であるため、13Cで構成されたダイヤモンドのラマンシフトを利用を考えている。 無水鉱物の高温高圧その場IR観察を行うことにより得られる利点は、測定結果を直接物性測定実験データと比較できることにある。本研究課題では最終的に高温高圧その場IR観察と第一原理計算を組み合わせることにより、未だ誰もなしえていない高温高圧下における無水鉱物の水素位置の変化を明らかにすることを目標としている。結果、水素配置の結合強度の変化、移動のしやすさを見積もることが可能になる。そこで、水素の拡散に支配される電気伝導や、含水量によって変化する鉱物のすべり系といった水と関連する鉱物物性の変化を、鉱物中の水素配置の変化といった結晶科学的原理により体系的に説明するモデルを提案することが可能となる。
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