2016 Fiscal Year Annual Research Report
太平洋亜熱帯窒素固定海域が水産資源生産に果たす役割の定量的解明
Project/Area Number |
16J06708
|
Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
堀井 幸子 東京大学, 農学生命科学研究科, 特別研究員(DC1)
|
Project Period (FY) |
2016-04-22 – 2019-03-31
|
Keywords | 窒素固定 / 水産重要魚種 / 太平洋 / 安定同位体地図 |
Outline of Annual Research Achievements |
1.研究室所有の安定同位体質量分析計の前処理装置を導入し、より小さな径の燃焼管に対応させた。これにより以前と比較して測定感度が10倍程度上昇し、海洋に優占する低次生産者であるカイアシ類において、より少ないサンプル量で分析が可能になった。 2.複数の航海に参加し、黒潮域、フィリピン海、東シナ海にて、窒素固定活性を含む環境観測を行うとともに、懸濁態粒子、動物プランクトンおよび小型魚類のサンプルを得た。これらの航海のデータと、過去の航海で得られたサンプルのデータ、既報値、計459測点のデータを用い、太平洋外洋域全域におけるそれぞれのサンプルの窒素安定同位体比マップを作成した。得られたマップと実測の窒素固定活性、硝酸塩濃度および硝酸塩の窒素安定同位体比既報値に基づき、窒素供給過程の異なる海域の地理的な広がりが明らかとなった。さらに異なるサイズ分類群での窒素安定同位体比の差は、太平洋全域で基本的には共通しており、これらの分類群の捕食―被食関係が海域によらず共通していることが示された。 3.2で得られた各サイズ分類群の窒素安定同位体比マップより、これまで亜熱帯循環とひとくくりにされてきた海域の中に、窒素固定が優勢である中央部と、窒素固定の寄与がほとんどない比較的低緯度の海域が、隣接して存在していることが明らかとなった。この亜熱帯循環内における窒素安定同位体比の地理的傾向は、既報値における太平洋のキハダマグロの窒素安定同位体比の地理的違いとも一致した。以上は、亜熱帯循環内の異なる海域で採集された高次捕食者が、異なる窒素源(窒素固定由来の窒素または硝酸塩)により支えられた生産系に依存することを意味する。すなわち、本研究の最終目標である水産重要魚種生産への窒素固定の寄与を推定するためには、亜熱帯循環中央部の索餌場としての重要性を評価する必要があると示された。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の最終目標は、亜熱帯窒素固定海域が水産資源生産に果たす役割を定量的に解明することである。これを踏まえて設定した一年目の目標は、以下のとおりである。1. 窒素固定由来の窒素が低次生産者間で転送される過程を解析するため、小型生物試料で炭素、窒素安定同位体比の個別分析を可能にする。2. 様々な海域で採集された生物サンプルの安定同位体比のデータを集め、生態系への窒素供給過程の違いに焦点をあてた太平洋外洋域のマップを作成し、異なる窒素に依存する生態系の地理的広がりを推定する。3. 2で得られたマップと高次捕食者の安定同位体比のデータをもとに、太平洋外洋域の中で水産重要魚種への窒素固定の寄与が特に大きな海域を推定する。以下、それぞれの項目における進捗状況を記す。 1. 従来より安定同位体比分析の感度が10倍程度上昇し、達成したと考えられる。実際の現場サンプル分析は未着手であり、二年目以降の進展が望まれる。 2. 概ね順調に進展しており、太平洋における異なる窒素源に依存した生態系の分布が明らかになりつつある。一方で、観測航海が限られている都合上、海域によってはデータ密度が薄いところがあるため、今後もこまめにデータを拡充していく必要がある。 3.概ね順調に進展しており、亜熱帯循環中央部の生態系が、特に窒素固定由来の窒素に依存していることが示された。今後はこうした海域がどの程度水産重要種の生産を支えているか、評価する必要がある。 以上より、上述の評価とした。
|
Strategy for Future Research Activity |
昨年度の研究課題の進捗を踏まえ、二年目の目的を以下のとおりとした。 1. 昨年度から引き続き、 懸濁態粒子、動物プランクトン、小型プランクトンのサンプルを太平洋の様々な海域で得、安定同位体地図を拡充する。特に夏季に行われる北太平洋の白鳳丸航海において、一貫したサンプルを得る予定である。 2. 前年度の成果より、これまで均一とされてきた亜熱帯循環中に、異なる起源源(窒素固定または深層の硝酸塩)に依存する生態系が隣接して存在することが明らかとなった。この異なる生態系のそれぞれについて、低次生産者間での窒素転送過程の比較、考察を行うため、プランクトン群集構造の分析を行う。方法としては主に、検鏡、遺伝子分析およびフローサイト分析を用いる予定である。 3. 移動能力が高く代謝速度が遅い高次捕食者の安定同位体比の値は、比較的長期間、広範囲にわたり平均化された餌の情報を提示するものである。そのため水産重要魚種への窒素固定の寄与を見積もるためには、高次捕食者の安定同位体比の値が具体的にどの程度の時空間スケールで、依存する生産系の情報を示しているのか、評価する必要がある。このことをふまえ、高次捕食者の移動経路や代謝速度に関する知見を収集するとともに、鱗や水晶体のように、過去の餌情報が蓄積されているとされる部位の安定同位体比の分析、解析を行う。 4. 2および3の結果を合わせることで、窒素固定者から高次捕食者に至るまで、窒素固定由来の窒素が転送されていく過程を考察するとともに、深層の硝酸塩由来の窒素と比較した際の、窒素固定の寄与の大きさを推定する。
|
Research Products
(3 results)