2016 Fiscal Year Annual Research Report
近代フランスの狂信をめぐる言説と市民宗教の構想:ルソーの政治思想からの一考察
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16J08061
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
関口 佐紀 早稲田大学, 政治経済学術院, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2016-04-22 – 2018-03-31
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Keywords | ルソー / 市民宗教 / 狂信 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、ジャン=ジャック・ルソーによって提唱された市民宗教の構想について、宗教革命以後の近代社会における個人の信仰と国家の統一をめぐる問題に対する応答という観点からその意義を検討することにある。とりわけ本研究の特徴は、18世紀の啓蒙思想家にとって共通の脅威であった「狂信」に着目し、狂信を批判しつつその潜在的な力強さに変容可能性を見出すルソーの独自性を明らかにする点にある。前述の目的を達成するために、本研究は以下のアプローチをとる。すなわち、(1)ルソーおよび同時代の思想家たちのテクストを対象に鍵概念である狂信の意味内容を分析する、(2)市民宗教がもつ政治的制度としての意義・有効性を検討する、(3)狂信への対抗という観点から、ルソーは市民宗教が他ならぬ宗教の形式を備える必要があると考えていたことを論証する。 本年度は主に(1)および(2)に取り組んだ。(1)については、ルソーのテクストを横断的に精査することで、狂信の両義的な使用法を明らかにした。一方において、それは宗教的指導者に盲目的に追従する狂気とみなされる。このような狂信は異なる意見や信仰を排除する不寛容のうちに顕著に顕れる傾向にあり、ルソーはそれを強く非難する。他方において、狂信にはある種の変容可能性が認められている。というのもルソーは、狂信に特徴的な情熱や力強さは適切な指導によって市民の徳の源泉になり得ると考えていたからである。(2)については、(1)で触れたルソーの不寛容批判と関連させつつ、『社会契約論』で説示された政治的諸原理と矛盾なく市民宗教を解釈する道筋を考察した。これにより、市民宗教の不信徒に対する追放の規定は、「自らに課した法への服従」として定式化される市民的自由の概念や法へ違背した者への刑罰の規定と整合性をもつことが明らかとなった。以上の研究成果は論文として『政治思想研究』第17号に掲載された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は、現在までに研究課題の遂行に必要な大方の資料を揃え、とくに重要な概念の意味内容について分析および考察を行うことで研究の基礎を完成させている。 まず本研究の鍵概念である狂信について、以下のことが明らかとなった。18世紀フランスの諸テクストにおいて狂信の語が使用される場合には、①キリスト教(狭義にはカトリック)からみた他宗派や異教徒を狂信者として扱う場合、 ②キリスト教内部の行き過ぎた実践を狂信とみなす場合の2つの使用法に大別されるが、ルソーにおける使用法は②の場合が多い。とくにかれは、宗教の説く彼岸の世界にばかり気をとられ、世俗的な事柄すなわち国家の法や市民としての義務を等閑視する人々の態度を非難した。これにより、市民宗教を提唱することによって人々のうちに国家への忠誠心を養おうとしたルソーの意図を明らかにする土台が整った。 また、重要な二次研究についても批判的検討を行った。とくに本研究の特色として、ルソーの政治思想における情動(affection)の作用に着目したベルトラン・ド・ジュヴネルによる研究書の読解が挙げられる。ジュヴネルは『社会契約論』でルソーが援用した比例の考え方に着目し、情動を介した動的な法則として国家と人民の関係を定式化した。こうしたジュヴネルの解釈をとおして、人民の情動に作用するもろもろの装置かんする有益な知見を得られた。ジュヴネルはとくにルソーの政府論に着目しているが、本研究では同様のアプローチを市民宗教論に対して応用することを企図している。この点にかんする予備的考察をまとめた論文は『政治哲学』第21号に掲載された。 加えて、現在までに達成された研究の成果については適宜公表を行っている。これまでに2本の論文が査読誌に掲載され、2本の口頭報告を行った。 以上を綜合的に勘案し、本研究は現在までおおむね順調に進展していると結論づけられる。
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Strategy for Future Research Activity |
今後も引き続き、交付申請書に記載した研究計画に従って研究を進める。より具体的な課題としては以下の2点が挙げられる。第一に、ルソーの狂信批判および市民宗教論を規定した同時代の背景に関する調査を行う。第二に、市民宗教がほかならぬ宗教である意味および必要性に関する考察を深める。 第一の課題については、狂信を扱ったヴォルテールやダランベールらのテクストを精査し、同時代の言説がルソーの思想形成にどのような影響を及ぼしたのかを分析する。第二の課題については、教育や祝祭など市民宗教と同様の効果をもつ諸構想を比較検討し、ルソーの問題意識を明らかにすることをとおして、市民宗教の有効性を問いなおす。さらにここから、単なる熱狂的で盲目的な態度ではなく、宗教的事柄に傾倒するあまり世俗的事柄や市民としての義務を等閑視する人々の態度を狂信として批判したルソーにおいて、人々に国家の法や市民の義務の神聖さを理解させる方策は宗教の形式を備えていることが有用であると考えられたことを示す。 以上の課題を遂行するために、本研究は引き続き一次資料および二次資料の精査を中心的に進める。とくに本研究はルソーのテクストのみならず、その思想形成に影響を及ぼしたと考えられる同時代のテクストをも吟味する必要がある。本年度は前者に焦点をあてて資料収集・分析・考察を行ったが、後者についてはまだ調査の余地がある。そこで次年度は、ルソーが関わったと考えられる議論を対象として、フランスの大学や図書館に保管されている一次資料、フランス語・英語・日本語の二次資料の収集とその解析を行いつつ論文作成を進める。 今後の研究から得られる結果については、次年度の前期中に口頭報告を行う。そこから、各種研究会での討論や質疑応答で得られた知見を反映させて論文の執筆を進め、査読誌へ投稿する。以上の方針に則り、本研究は次年度中の課題達成を目指す。
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Research Products
(4 results)