2016 Fiscal Year Annual Research Report
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16J10516
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
安倍 里美 京都大学, 文学研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2016-04-22 – 2018-03-31
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Keywords | メタ倫理学 / 規範性 / 理由 |
Outline of Annual Research Achievements |
1990年代以降メタ倫理学では、規範性ないしは道徳性とはいかなるものであるのかを「理由」という概念に注目して説明しようとする試みが流行している。本研究の中心的な問いは、これまで主流であった、義務、正・不正、べしといった言葉や評価に関わる諸概念を分析対象とした議論と比較した際に、この取り組みはメタ倫理学上の論争の解決や、道徳性理解の深化になんらかの実質的貢献をしたと言えるのかというものである。本年度は、理由言明や理由があるという性質を中心的分析対象とする諸議論の精査と批判的検討を通して、それぞれの論者がどのような利点があると期待して理由概念に焦点を絞ったのかを明らかにすることを目指した。まず、T.M.スキャンロンやD.パーフィットの著作の検討を通して、近年非自然主義実在論が静寂主義的アプローチを取ることによって力を取り戻しつつあることと、理由への依拠の一大流行と関係を明らかにし、この成果を「理由に依拠した規範性理解は非自然主義擁護に貢献しているのか」という論考として『倫理学研究』誌上にて発表した。そして、スキャンロンのWhat We Owe to Each Other (1998) に端を発する、価値がある(being valuable) という性質を、我々に理由を与えるような別の性質を持っているという二階の性質として説明する見解(BPA)をめぐる論争に注目した。BPAの擁護の成否は、理由根本主義が道徳の十分な理解をもたらすことができるのかに関わる重大な問題である。BPAは正しさと良さの関係についての探求の歴史的背景を背負う議論でもある。この点に注目し、理由概念の薄さと適用範囲の広さが正の優先を説得的に説く助けとなることが期待されていたこと、しかし一方で薄い概念に頼る道徳の捉え方が向き合わざるを得ない問題点がBPAをめぐる議論によって浮き彫りになったことを明らかにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
理由概念についての研究はメタ倫理学の歴史的背景を背負うものではあるものの、この概念自体に注目し、この概念が持つ特異性を明白にした上で、良さや正しさ、義務といった我々に馴染み深い道徳概念の本性を理由に関する事実と言う観点から説明する試みが盛んになったのは今世紀以降のことである。そのため、理由概念の本性に関しては、他の規範的な概念との間にどのような相違があるのかについての共通了解が取れることを目指して様々な見解が提出されている現在進行形の研究領域である。そのため研究過程で、理由概念がメタ倫理学全体にもたらした影響を確認するという本研究の主題の探求を考慮すると、本年度の研究対象としていた、価値の理由による定義の妥当性について十分に検討のためには、「べし」や正しさといった概念と良さの関係を論じていたメタ倫理学議論の参照が必要であるということが明らかになった。よって、研究の基盤となる概念史的理解を得るために、同一の名称の概念しつつも異なる目的意識を持っていた、これまでのメタ倫理学上の論争の文脈を整理する上で、当初予想していた以上の文献の精読が必要であることがわかった。
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Strategy for Future Research Activity |
前年度は、時系列に沿ってメタ倫理学上の理由に関する議論を幅広く確認し、それぞれの議論がどのような目的意識を持っていたか、どのような論争上の文脈に位置づけられるのかを明確にし、それをもとにこれまで提出されてきた数多くの理由の議論を分類することで、理由を巡る議論全体の見取り図を描き出すことに取り組んだ。本年度は、前年度の研究から得られた理由の議論全体の見取り図をもとに、この取り組みが持つ意義を明らかにすることを目指す。現在の見込みでは、理由の議論が目指していたこととして少なくとも次の三点がある。 1.動機付けに関するヒューム主義(信念と欲求を区別し、行為者を動機づけるには信念のみでは不十分で行為者の欲求が必要であると主張する)、認知説(道徳判断は行為者の信念を表すと主張する)、道徳判断の内在主義(道徳判断と動機づけの必然的な結びつきを主張する)の間に存在する不整合を解決すること。 2.規範的性質の非自然主義を擁護すること。 3.道徳性の解明から規範性の解明へとシフトしたメタ倫理学のトレンドに対応すること。 加えて、個別の理由の議論がその目的を達成したか否かとは離れて、一連の議論が規範性の哲学に与えた影響の評価も試みる。たとえば、オルソンが指摘するように、理由への注目はメタ倫理学上の非自然主義の再評価と結びつきを持っている。非自然主義の擁護に理由概念を用いることが有効であるとの期待のもと展開された近年の議論は、実際にメタ倫理学における存在論や認識論に大きな進歩をもたらした。そこで、理由の議論が規範性の哲学やメタ倫理学に与えた間接的影響の評価も行う。
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