2017 Fiscal Year Research-status Report
近世蹴鞠の大衆化の構造:『中撰実又記』(1646)の世界
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16K01679
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Research Institution | Kanazawa Seiryo University |
Principal Investigator |
大久保 英哲 金沢星稜大学, 人間科学部, 特任教授 (30194103)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 蹴鞠 / 外郎鞠 / 地下鞠 / 中撰実又記 |
Outline of Annual Research Achievements |
蹴鞠研究は現在、古代から戦国期までの蹴鞠史の概要が描かれているが、近世には未着手状態である。「蹴鞠」は江戸期(17世紀)に入って、公家や大名などの占有状態から、富裕な町人層にまで拡大、「外郎鞠」として大衆スポーツ化が進んだ。この大衆蹴鞠「外郎鞠」(地下鞠) の解明はスポーツ史・日本文化史にとって極めて重要である。そこで本研究では、在野の芸能史研究者村戸弥生氏の協力を得、『難波家蹴鞠関係資料』中の「外郎鞠」指南本というべき右近政光『中撰実又記』(ちゅうせんじつゆうき)(1646)の翻刻・解読作業を行うとともに、「公家鞠」と比較しつつ、大衆スポーツ化された蹴鞠の特色とその変容過程をスポーツ史の立場から明らかにする。 平成29年度は、『中撰実又記』の諸本(平野神社本、東京博物館本、宮内庁本(3種)、天理大吉田文庫本、無窮会神習文庫本、東京家政大大江文庫本)の8種を写真複写入手し、毎週月曜日の研究会において、村戸弥生氏(研究協力者)に学びながら、それぞれの異同を中心に諸本研究を行った。 この結果、多少の違いは見られるものの、8種の諸本ともその記述内容はほぼ同様であること。またこれらには共通の底本Xがあったのではないかとみられること、さらに図や表記法の違いから、8種の諸本はA系統(①平野神社本、②宮内庁本163―870、③東京家政大学大江文庫本、④宮内庁本163―828と、B系統(①東京国立博物館本、②宮内庁本163―882、③天理大学吉田文庫本、④無窮会神習文庫本)の2つにに分類できることを明らかにした。 さらに、表記法の漢文体の状況からは、A系統①平野神社本が最も古態を示しており、基本史料としての価値が高いと判断した。 これらの結果に基づき、諸本を参照しながら、平野神社本を元に翻刻をおこなった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成29年度においては、基本史料である『中撰実又記』の諸本(平野神社本、東京博物館本、宮内庁本(3種)、天理大吉田文庫本、無窮会神習文庫本、東京家政大大江文庫本)の8種を写真複写入手した。 これらの諸本研究の結果、多少の違いは見られるものの、8種の諸本ともその記述内容はほぼ同様であること。またこれらには共通の底本Xがあったのではないかとみられること、さらに図や表記法の違いから、8種の諸本はA系統(①平野神社本、②宮内庁本163―870、③東京家政大学大江文庫本、④宮内庁本163―828と、B系統(①東京国立博物館本、②宮内庁本163―882、③天理大学吉田文庫本、④無窮会神習文庫本)の2つにに分類できることを明らかにした。これは本研究目的の主要な目的のひとつである。 さらに平成29年度では、もっとも古態を示し、基本史料としての価値が高いと思われる滋賀県大津平野神社難波家旧蔵蹴鞠文書『中撰実又記』上下2冊写本を用い、その翻刻・解題を行い、その内容の詳細な読解をおこなっている。なおこの過程で他の写本との異同が検討された。さらに、公家鞠など他流の蹴鞠書との比較検討から、近世蹴鞠即ち地下鞠(外郎派)と呼ばれる大衆化された蹴鞠の構造と実態を、芸態的、儀礼的、社会的位置づけの観点から解明している。 なお、成果の一部は、金沢星稜大学の講義「スポーツ史」(2017年前期)、台湾国立高雄師範大学講演(2017年9月)、村戸弥生「中撰実又記の諸本についての覚書」『金沢大学国語国文研究』(43号、2018、1-9頁)において一部公開しているものの、学会発表、本格的論文化については次年度の課題としている。「おおむね順調に進展している」とした理由である。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究の特色は、スポーツ史と文学史分野出身の研究者が共同研究することで多面的に蹴鞠を解明できることである。また文献の上での解析のみならず、スポーツ史家が研究を主導することで、近世の蹴鞠の実技実態を復元的に解明する。このため、フットボールプレイヤーとしての卓越した技能を有する阿羅功也氏を研究協力者に加え、『中撰実又記』に見られる地下鞠の技術特性やその背後にある思想を構造的に明らかにしたいと考えている。 一例をあげる。公家鞠に比して、地下鞠は鞠場が小さく、鞠足も少ない場合が多い。その服装や用具も簡素・簡略化される。その中ではロングキック系キックよりは、「身に沿う鞠」(リフティングなど個人技術系の蹴り方)が発達する。また地下の階層性もあろうが、身を低くする動作や這う動作などをいとわない。「膝を曲げた蹴り」「蹲打緒」「平田蜘」などの技が生まれ、その巧拙が競われる。またその地下鞠固有の技術が公家鞠に対して強調される。これは地下鞠が、公家鞠に対してその独自性を主張し、新たな体系を作り出していることを意味する。 このようにこれまで未解明だった近世蹴鞠が総合的に明らかになり、前近代日本の文化史に蹴鞠史の叙述を加えて日本文化の特性を示すことが可能となる。2020年東京オリンピック・パラリンピック開催を機会に、公家鞠のみではない日本蹴鞠の多様性・文化性について再現実技映像等を含んだ発信が可能になる。
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Research Products
(1 results)