2018 Fiscal Year Research-status Report
現代パレスチナ文化の観点による平和構築論の再検討 パフォーミング・アートを中心に
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16K02001
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Research Institution | Hiroshima City University |
Principal Investigator |
田浪 亜央江 広島市立大学, 国際学部, 准教授 (70725184)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | パレスチナ / 平和構築 / パフォーミングアート / 演劇と社会 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は二回現地調査を行ない、9月の調査から半年後にフォローアップを実施したことで、これまででもっとも手ごたえを感じることが出来た。 タイミングの問題により、昨年度の調査ではラーマッラーに拠点を置く「アシュタール劇場」の上演そのものに居合わせることが出来なかった。そこで9月の調査では思い切って同劇場での調査に集中することにし、同劇場での訓練生による上演、ナーブルスの劇団「ラサーイル」の招へい上演、ジフトリク(ヨルダン渓谷)の若者による学校での上演、という性格の異なる上演のリハーサルや本番に居合わせ、関係者にインタビューをすることが出来た。特にジフトリクでの上演は、ヨルダン渓谷における「アシュタール」の2年間の活動の成果であり、そこへの同行が叶ったのはひじょうに幸運だった。村内に公共交通手段が存在しないため移動が難しく、演劇に対する偏見や懐疑的な見方も存在する環境の中での活動が苦労の連続だったことなどについて、「アシュタール」スタッフから話を聞いた。村内の移動も3月の調査では「アシュタール」の活動とは別にジフトリクを訪問し、芝居に関わったメンバーにインタビューをすることが出来た。 また、「ラサーイル」はナジャフ大学の学生によって2014年に結成された「ナーブルス初」の劇団であり、ディレクターのアドナーン・アル=ボーバリー氏を中心に、若いエネルギーの充満する魅力的な劇団である。「ター・タクン・コンバールサン(脇役じゃダメ)」と題するオリジナルな戯曲による芝居は、生硬であるものの、性的・社会的規範とのあいだで葛藤する若者たちの苦悩や内心の叫びをストレートに表現した力強い作品である。3月の調査では同劇団が基盤をおくナーブルスを訪問し、メンバーの日常生活や仕事と演劇活動の関わり方、劇団の運営方法などについても様子を知ることが出来た。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
「アシュタール劇場」は、プロとして活躍する演劇教育を受けた俳優による芸術的に質の高い作品制作を行う一方で、アウグスト・ボアールの提唱する“社会変革のための実験的演劇”を実践しており、数多くのパレスチナの演劇集団の中では「実験演劇」を前面に打ち出した唯一の存在である。また2008年末から2009年にかけてのイスラエルによるガザ大規模攻撃以降、14歳から18歳までのガザの子どもたちを集め、ドラマセラピーのプログラムを実施している。この活動は「ガザ・モノローグ」という上演作品に結実し、これまでに10数か国で上演された。 アシュタール劇場のこうした活動は一見して、パフォーミング・アートを通じた「平和構築」の意味やあり方を再検討するという本研究のテーマにとって適合的であるように見える。しかし本研究は、文化が「平和構築」に貢献するという前提そのものを問い直すという動機から出発しており、活動団体の掲げる活動理念や広報内容を鵜呑みにしながらそうした図式を当てはめて満足するものではない。上演作品の内容や文脈、それが持つメッセージや観客の反応を検討しながら、演劇活動を通じていかなる社会が構想されているのか、またそれはどの程度成功しているのか、関係者への聞き取りを参考にしつつもあくまで作品に沿った検討を行いたい。そのために、これまでに上演に居合わせて撮影したり、スクリプトを入手することの出来た作品の概要を日本語でまとめる作業に取り掛かっている。現地調査の期間中に上演作品そのものを観る機会が限られていること、「アシュタール」の場合は口語による即興芝居も多いこと、などの理由により難航はしているものの、可能な範囲でまとめる目途はついてきたと考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
今年度は本研究の最終年度となる。したがって、新たに手を広げるよりも、成果報告に向けた準備を念頭におきながら研究を進めたい。 これまでの研究内容は、主に以下の3点に分けられる。①パレスチナの伝統的なダンスである「ダブケ」を現代的に発展させ高い評価を得ているグループ「エル=フヌーン」の活動の社会的意義について(参与観察およびインタビュー) ②パレスチナ社会の外側における「平和構築」概念と、パレスチナ社会においてそれが意味するものの差異の検討(文献調査およびインタビュー) ③「アシュタール劇場」を中心として、パレスチナ社会のなかでの問題解決やセラピーなど「平和構築」への寄与が意識された演劇活動について、作品に沿った理解を深める(作品読解およびインタビュー)。 それぞれについて、これまで入手した資料をおおむね夏までに整理しインタビューをまとめ、不足点を補うための現地調査(9月を予定)に備える。①については、おおむね材料は揃えることが出来た。一方②については、2017年度に訪問した「ウィアム:パレスチナ紛争転換センター」での事業の参与観察が実現できれば理想的ではあるが、センシティブなテーマを扱っていることから非公開とされている。インタビューで補うなり、適当な文献資料を探すなり、可能な範囲で追求したい。③については、作品の概要を整理し理解を深めることで方向性が見えてくることが期待できよう。 メモとしてまとめた内容は随時HP上に本研究の中間報告としてアップし、今年度中に作成予定の紙媒体の報告書につなげてゆく。
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Causes of Carryover |
2017年度に現地調査2回の予定のところ1回にしたために次年度使用額が約28万円生じたが、2018年度の2回の現地調査を経て、次年度使用額は減少した。それでも次年度使用額が生じたのは、一回目の現地調査のさいに科研費からの支出上限額を定め、一部を私費で補ったためである。2019年度は報告書作成のための人件費・印刷費が必要となり、また現地調査の善経費を見込むと、全額を使い切る見通しである。
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Research Products
(3 results)