2016 Fiscal Year Research-status Report
マイトラーヤニー・サンヒターの新写本による校訂本作成と言語及び祭式・思想の研究
Project/Area Number |
16K02167
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
天野 恭子 大阪大学, 文学研究科, 招へい研究員 (80343250)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 古代インド / ヴェーダ / マイトラーヤニー・サンヒター / 祭式 / 言語層 / 写本 / バラモン教 |
Outline of Annual Research Achievements |
古代インドの祭式文献群であるヴェーダ文献のうち、最古層の散文資料を含むマイトラーヤニー・サンヒター(紀元前900年前後の成立)が研究対象である。本研究は次の二つを目的としている:1)同文献の新写本資料を用い、精度の高い新校訂本を作成すること。2)同文献の言語および記述される祭式・思想について考察し、訳と注釈を作成すること。 同文献の原典としては、1881-86年に出版されたvon Schroeder版が用いられてきたが、現在の学術水準に適応した新校訂本の出版が待たれており、本研究代表者は新発見写本を用いて新校訂本を作成している。また翻訳としては、本研究代表者が2009年に出版したドイツ語訳が世界で唯一ものであるが、未訳部分が残されているため、その未訳部分を翻訳し、言語・内容についても考察を行う。この1)および2)の作業を並行して実施し、研究の完成に向かっている。 H28年度は、1)の写本研究、校訂本作成について、マイトラーヤニー・サンヒター全4巻のうち、1巻についてほぼ終えることができた。当該部分について現存するすべての写本を読み、音韻や表記に関する問題を整理した。この音韻と表記に関する考察は、校訂本出版の際の序文の一部になる予定である。 2)の言語および祭式・思想の研究については、これまで既訳部分(1-2巻)のみを研究対象としていたものを、マイトラーヤニー・サンヒター全4巻、さらには、同時代の文献であるカータカ・サンヒター及びタイッティリーヤ・サンヒターにも広げて、より広い枠組みを設定し、これらの文献成立の年代を、大きく、古層(および伝統的潮流)、成熟層、新層に分けて考察できる、という新しい視点を提示した。 これらの研究について、国内、国外で発表を行った他、研究成果の出版について、研究のアドヴァイザーであるFreiburg大学のEva Tichy教授と協議を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本研究代表者は、マイトラーヤニー・サンヒターの言語を考察する中で、部分によって異なった特徴が見られることに気付き、同文献が長い時代に亘り、複数の作者によって書かれ、一つの文献として編纂されたものであるという見解を示してきた。しかし、本研究の開始前は、この見解が、同文献が成立した具体的な背景をどのように解き明かすかという研究の道筋は、まだ未知であった。H28年度に行った同文献の言語的考察の結果、同文献の作者の間に複数(大きく3つ)の潮流があり、少なくとも2つ思想展開のターニングポイントがあることが分かった。これは当初予想していなかった大きな研究成果であった。 また、校訂本および翻訳の出版について、同研究のアドヴァイザーであるFreiburg大学のEva Tichy教授と協議した。マイトラーヤニー・サンヒターは長大な文献であり、校訂本と翻訳を一冊の書として出版することは不可能である。かといって、分割して順次出版すれば、その過程で出版済みの巻の訂正を多く重ねることになるなど、読者の利便性を損なう可能性がある。同教授との協議の結果、同文献全体を細かく7つに分け、それぞれについて校訂と翻訳を一つにまとめて出版する、という当初の計画を変更し、出版の形態を、翻訳を2(ないし3)巻、校訂本を1(ないし2)巻とし、まずは翻訳の完成を目指すこととなった。この変更により、上の概要で記した研究1)と2)への力量のかけ方が少し変わり、2)に重きを置くことになった。しかしこれは研究推進の妨げにはならず、1)の写本校訂も継続する上で、2)の内容研究・翻訳を強く推進するということになる。 さらに、Tichy教授との協議において、1)の写本研究の中で問題となっていた、音韻と表記の問題について整理することができ、校訂の方針とその解説のための自身の見解を固めることができた。これは今後の研究1)の推進に資する。
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Strategy for Future Research Activity |
上で述べた1)写本研究と校訂本作成、2)内容の研究と翻訳、の二つについて、作業を並行させながらも、2)により力を入れて推進する。本研究において一番時間と労力を必要とするのは、翻訳であることから、この部分を強く推進することは、研究全体の完成を進めるものである。 写本研究、翻訳、文献に書かれている内容(祭式、思想)の考察、言語の考察、文献成立の背景の考察、これらはすべて別々の研究ではない。現在、マイトラーヤニー・サンヒター全4巻のうち3巻の冒頭の翻訳を行っている。本研究代表者は、翻訳作業とは別に、文献全体を対象とした、言語と思想の層(潮流)について分析を重ねているが、その結果、3巻冒頭は言語的にも際立った特徴を持ち、思想についても哲学傾向を深める重要な時期に成立したことがわかってきた。言語や思想研究の成果をもとに、より深い理解に根差して翻訳を作成できている。また、理解の難しい箇所で、原典の伝承のくずれが予想される場合には、写本の読みを確認し、これまでの写本研究で蓄積された、音韻と表記についての知識を元に、正しい読みを推測し、正しい翻訳に繋げる。このように、上述したいくつかの研究を並行して行い、その成果を互いに生かしながら、全体としては翻訳を中心に推進することによって、研究全体の質を高めつつ完成を目指す。 翻訳について、英訳にするかドイツ語訳にするか、という問題があり、当初は汎用性のある英訳を考えていた。しかし、本研究代表者による、すでに出版した一部ドイツ語訳について、ヴェーダ語原文の語彙の意味や構文の機能が、ドイツ語によって忠実に表現されていることを高く評価し、続く出版についてもドイツ語訳を望む声が多いことから、ドイツ語訳を作成することに決めた。ヴェーダ語構文のドイツ語での再現については、すでに方法論を固めているため、翻訳がより推進されると考えられる。
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