2016 Fiscal Year Research-status Report
日本近代書道史再考ー美術・教育制度、言語施策の構築を視野に入れてー
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16K02309
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Research Institution | Shiga University |
Principal Investigator |
中村 史朗 滋賀大学, 教育学部, 教授 (90378430)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 書ハ美術ナラズ / 小山正太郎 / 六朝書道 / 中村不折 / 日下部鳴鶴 / 龍眠会 / 内藤湖南 |
Outline of Annual Research Achievements |
初年度は、明治、大正期における美術制度の構築課程と書の動向を対比的に取り上げる研究を手がかりとしながら、同時期の書にみられるさまざまな志向性を確認した。 明治の書が、制度的な位置づけを意識するようになったのは、小山正太郎と岡倉覚三による「書ハ美術ナラズ」論争以来であると考えることができる。近代書道史の立場からこの論争の解析されることがあまりなかったので、双方の論点を書的な視点も含めて整理し直し、合わせて美術史的な読解では十分に把握できていなかった事柄を整理した。特にこの論争については、岡倉の主張にばかり注目が集まり、小山の見解が正確に理解されてこなかった面があるので、その点に十分配慮して記述を進めた。 明治、大正期の書は、初期の漢学者流の書を脱し、まずは日下部鳴鶴らが提唱する“六朝書道”が時代の書の柱を形成する。これは清人・楊守敬らの影響を受けて新書法が示されたのだが、その内実は従来の唐様に一定の修正を加えたもので、必ずしも清朝碑学の書の成果を吸収したものではなく、どちらかといえば一般への普及を意識したテキスト性の高いものであった。明治後半期になり鳴鶴の書が権威として認知されるようになると、批判的に別種の新書法が訴えられるようになる。その代表が中村不折、河東碧梧桐ら龍眠会による“六朝書道”である。本年度は主に中村不折の書法観を明らかにすることに注力した。従来から龍眠会の機関誌「龍眠」を読み込んできたが、中村不折の論考を中心にその内容を整理し、その書と美術を複眼的にとらえながら制作と情報発信を実践する姿勢を明らかにした。さらには、鳴鶴と不折の主張がぶつかり合い勢力が拮抗するさまにも留意し美術制度構築と関係づけて当時の書の日本ならではの性格を記述した。また東京で“六朝書道”が盛行する一方で、当時の京都では王羲之書法を祖述する書法がとりわけ重視されることにも若干の考察を加えている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
初年度は、主に美術制度の構築過程とそれに対峙する書のありようを探ることを主眼として、「書ハ美術ナラズ」論争の行方、日下部鳴鶴とその門流の動向、中村不折と龍眠会の活動実態などを明らかにすることに努め、およそ予定していた内容を消化することができた。 取り扱う資料としては、博覧会関係資料、「龍眠」をはじめとする団体の機関誌、一般向けの書道雑誌などを取り上げ、主要なものからの情報は整理することができた。作品資料の検討は次年度以降の課題ではあるが、日下部鳴鶴、中村不折などについては一定数の図版類を収集し、制作の根拠となる歴代古典との関係や作風の変遷などについても言及することができた。それぞれの会のメンバーや門流の動勢については次年度以降の課題としている。 東京を中心に展開される〝六朝書道〟の実態を探ることが、近代日本書道の特質を知る上で不可欠ではあるが、それが全国的に浸透したとは言えない面がある。特に京都における晋唐書法の尊重はとりわけ注目すべきものである。漢字、仮名、篆刻の各領域において歴史上の典型を踏まえて書作に取り組む能書があったが、京都帝国大学の内藤湖南が当時の京都書道の牽引車としての役割を果たした。主要な題跋資料などをもとに、その書法観の輪郭をたどった。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度に取り組んだテーマについて、さらに多角的な視点を設けて掘り下げる。資料としては、日下部鳴鶴をはじめとする書人と、来日した清人との交流のありようを直接に知ることができる筆談資料、「絵画叢誌」「国華」「みずゑ」「書道及画道」といった総合的な美術雑誌、「日本及日本人」のような言論雑誌などを扱い、常に美術の動勢と書を対比させながら考察を深めたい。 〝六朝書道〟の動勢を確認する場合にも、次年度は、日下部鳴鶴に加えて、官吏としての道と書を両様に成立させた巌谷一六、鳴鶴の門人で鳴鶴以上に清人・楊守敬に傾倒した山本竟山ら周辺の要人にも注視し、また中村不折に関しても、龍眠会の重要なメンバーである河東碧梧桐との関係性においてとらえなおすことも試みる予定である・ 本年度に着手した、いわゆる京都の晋唐派については、まず内藤湖南の書的志向をさらに詳しく記述することを目指す。多数の題跋類を丹念に読み込み、「北派の書論」のような書画に関する論考についてもその内容の再評価を試みる。また、上海の商務印書館での業務を終え京都を拠点に活動した長尾雨山の影響力も大きく、新出の資料を活用しながらその文人としての活動実態を明らかにしていく。 龍眠会の河東碧梧桐のように、文学者が独自の立場で書に取り組み、文学理論にも影響を受けながら個性的な書道論を打ち出す例がある。明治・大正の書は、書と美術の対比的考察だけでは明らかにできないことも多い。詩歌、小説、評論などを資料としながら、次年度は文学と書の関係の検討も充実させる。一例として、中村不折の「写生論」が、正岡子規、斎藤茂吉などによって文学的に深められ、再び中村不折へと還流し特有の臨書論に結びつくこと等が挙げられる。
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Causes of Carryover |
本年度は、実地に資料閲覧する機会が多く、資料の新規購入などがあまりなかった。 プロジェクター等の機器類の購入を次年度に回した。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
明治、大正期の雑誌資料の購入を進める。 可能な範囲で、明治、大正期の能書の親戚資料の購入を進める。 前年度の購入しなかったプロジェクター等の機器類を購入する。
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