2016 Fiscal Year Research-status Report
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16K02329
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Research Institution | Taisho University |
Principal Investigator |
森 覚 大正大学, 綜合仏教研究所, 研究員 (00646218)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 表象 / 仏教絵本 / 仏教とキリスト教 / 近代化 / メディア / 再話 / イデオロギー / パラダイム |
Outline of Annual Research Achievements |
平成28年度は、末木文美士・林淳・吉永進一・大谷栄一編『ブッダの変貌―交錯する近代仏教』(法藏館、2014年)や、吉水進一・近藤俊太郎編『近代仏教スタディーズ-仏教からみたもうひとつの近代』(法藏館、2016年)など、主として近現代日本仏教学史の先行研究を踏まえ、日本の仏教絵本に表現されたブッダのイメージから読みとれる19世紀末のヨーロッパで発展する近代仏教学の影響について考察した。 分析する一次資料としては、『開化地獄論』(鈴木勝吉、1882年)、 NIRVANA A story of Buddist Phirosophy By Poul Carus(長谷川武次郎 一八九七年)、『佛敎聖典 おしやかさま こども繪本版』(全日本真理運動本部、1950年)、『おしゃかさま-誕生物語-』(美濃教学会、1923年)、『おしゃかさま こどものくに別冊』(鈴木出版、1973年)を中心にとりあげた。 各作品の読解では、森章司、本澤綱夫、岩井昌悟「【資料集三】仏伝諸経典および仏伝関係諸資料のエピソード別出典要覧」(中央学術研究所『中央学術研究所紀要 モノグラフ編No.3』中央学術研究所 2000年)などの先行研究でまとめられた経典中にある仏伝の記述と対比させながら、児童伝道を目的する仏教絵本へ近代学術的な言説が投影されていく過程に着目した。それにより、欧化政策、近代仏教学による大乗非仏説、キリスト教と仏教の近代布教活動、廃仏毀釈、プロテスタント自由主義思想、近代教育制度、大正期教養主義、西洋美術、戦後民主主義などの思想を反映し、仏教絵本の視覚表現と言語表現が形成するブッダのイメージを明らかにした。また、仏教学者のドナルド・ロペスや、宗教学者の林淳などが今後の研究課題として言及する、西欧とアジアの異なるイメージが相克し、次第に融合する事で変容していくブッダ像の様相にも探究している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成28年度の計画では、日本の仏教絵本に表現されたブッダのイメージから読みとれる近代西洋仏教学の影響について解明する事を目標に掲げており、研究成果として、仏教絵本の内容に、仏教学をはじめとする学術的知識が色濃く反映されている事を論証した。しかし同時にわかったのは、絵本で描こうとするブッダのイメージが、日本という国家共同体に関与するあらゆる人々に向けて広く発信される場合、その創作表現には、時代的或いは社会的制限が加えられ、さまざまな思想や価値観が組み込まれていくという事実である。 1882年刊行の『開化地獄論』では、これまで着目されてこなかった戯作という大衆メディアで表現される近代日本社会における仏教への批判的視点について考察した。また、1950年に仏教学者や教育者の肩書を持つ学僧により編纂された『佛敎聖典 おしやかさま こども繪本版』では、図像に見られるキリスト教の聖画との類似性や、ドイツのアドルフ・フォン・ハルナックをはじめとするプロテスタント自由主義神学との関連性を指摘し、同時にその表現が近代日本における仏教の政治的立場を示している事にも言及した。明治時代に廃仏毀釈を受けた日本仏教は、近代天皇制を中心とした国家主義を積極的に受容してきた歴史がある。しかし、戦後になると、アメリカをはじめとするキリスト教戦勝国へ接近しなければならなかった。そのため、原始仏教経典を研究する仏教学の知識にもとづき、歴史上に実在したブッダの教えを伝えるべく制作した仏教絵本へ、イエス・キリスト的表現が加えられるのである。一方で、児童教育に携わる僧侶が制作した1973年刊行の『おしゃかさま こどものくに別冊』には、科学・学問と宗教を切り離す立場から表現されるブッダ像が提示される。その表現には、大乗非仏説を主張する仏教学の研究者であり、大乗仏教を信仰する僧侶でもある作者たちの思想的揺らぎがうかがえる。
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Strategy for Future Research Activity |
平成28年度は、過去の歴史上に実在した人間としてブッダを研究する19世紀末ヨーロッパの仏教学が構築した学術的知識を反映する絵本の媒体表現について論じてきた。それにより、仏教絵本で描かれるブッダが、19世紀末の西洋諸国で確立された仏教学のパラダイムにより形成された近代的イメージであることを、メディアの表現を読み解く事で明らかにした。しかし一方で、日本で長く信仰されてきた大乗仏教を実在のブッダ本人が説いた教えではないと否定した仏教学のパラダイムに困惑し、自らの信仰と学術との間で生じる仏教観の隔たりへ折り合いをつける事で生み出されるブッダのイメージが存在した事実も確認した。 当初、二年目は、ブッダ絵本に見るキリスト教の影響を探るという研究計画を立てていた。しかし前年度の発見を受けて、平成29年度には、古代インドの仏教説話であるジャータカを題材とした絵本作品の表現から、輪廻転生にもとづく信仰的ブッダのイメージを読みとるという試みも行なっていきたいと考えている。 なお、このテーマは、すでに着手し始めており、2017年5月3日に開催された第20回絵本学会大会では、中川素子文教大学名誉教授との合同で、「近現代の日本におけるジャータカ絵本の成立と新刊絵本『あわてんぼうウサギ』」という研究発表をしている。そこでは、日本の童話作家による仏教童話の成立史と、戦後に制作されたブッダの輪廻転生物語であるジャータカ絵本の展開を紹介し、作中に見られる再話の傾向や問題点なども指摘している。 予定としては、6月に豊島区と大正大学が主催する地域学習講座を行い、秋頃に開催される講演会への招聘要請も受けている。また、本年度中には、大正大学綜合仏教研究所から書籍を発行する計画を進めている。所属する仏教文化学会などでの学会発表を行いながら、こうした地域貢献の場での発表も視野に入れて、研究成果を広く発信していきたい。
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Causes of Carryover |
本研究では、近現代の日本で出版されたブッダ絵本を研究するのと同時に、これまでまとまったコレクションとしての保管作業が全く行われず、資料として散逸が危惧される仏教絵本の収集調査を進める計画を立てている。この作業の目的は、古書店等での入手、或いは、図書館や資料館、個人蔵として確認された作品の書誌情報を記録整理し、公開する事となる。当初は、データ加工とグラフィックス関連の情報処理性能が高いコンピューターを二台購入し、データベースの構築と、研究協力者のサポートを得てデータ入力作業を進める計画であった。しかしながら、ソフトウェアのファイルメーカーによるシステム構築と、それをもとにしたインターネット上で公開を行う作業が達成された時点で年度が終了してしまったため、データ入力まで作業工程が行き着かなかった事情から、平成28年度は、所属機関との調整を行い、MacBook Pro1台の購入にとどめる事にした。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
平成29年度は、インターネット上で公開した仏教絵本のデータベースを充実させるべく、次年度使用額で二台目のコンピューターを購入し、研究協力者のサポートを得ながら情報入力作業を進めていく。また、コンピューターを使用していくうちに、自分の所有するWindows版Adobe Creative Suite 6を使った画像加工を行う必要性が出てきたため、MacBook Pro上でWindowsのアプリケーションを実行させることのできるソフトウェアParallels Desktop for Mac Pro Editionの購入も検討している。なお、研究発表する会場の中には、映像を投影するプロジェクター等の機器がないところがあるため、それらの購入を行いながら、所属学会や研究に関連する地方開催の学会へも積極的に参加して研究費の消化に努めたい。
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Research Products
(4 results)