2018 Fiscal Year Research-status Report
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16K02329
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Research Institution | Taisho University |
Principal Investigator |
森 覚 大正大学, その他部局等, 非常勤講師 (00646218)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 仏教絵本 / ジャータカ / 明治草双紙 / 蘆谷盧村 / 巖谷小波 / 鈴木積善 / 啓蒙思想 / 地獄 |
Outline of Annual Research Achievements |
これまでの取り組みでは、近現代の日本で刊行されたブッダに関する作品を事例とし、西洋諸国から受容した学術知識にもとづいて生み出される仏教絵本の表現について考察してきた。その結果として明らかにしたのは、19世紀末の日本へ西洋から宗教研究の知識が伝播して以降、史的ブッダの歴史的実像を明らかにする研究が盛んになり、その影響を受けた仏教絵本でも、ごく普通の身体を持つ人間としてブッダを描き出そうとする表現が見られるようになったという事実である。 しかし当然ながら、絵本に見られるブッダの表象は、アカデミズムという言論空間の中で議論され、蓄積されてきた学知だけを根拠として生成されてきたわけではない。そのことは、近代西洋諸国における仏教研究の研究手法である実証史学や高等批評にもとづき、文献や遺跡発掘品といった歴史資料から確認される、過去に実在した歴史的人物としてのブッダを描き出そうとする仏教絵本が、ごく一握りに留まる点からもうかがえる。一方で、ブッダを題材とする作品の大多数は、託胎降誕や降魔成道をはじめとする超現実的なエピソード、肉髻や白毫といった常人離れした身体的特徴など、経典や伝承において神話的に語られるブッダの姿を表現したものとなる。 こうした実情からも明らかなように、近現代日本の仏教絵本を通じて形成されるブッダの表象は、さまざまな文化的諸要因が複雑に絡み合うことで具現化され、変容を続けている。そのことを踏まえ、平成30年度では、ジャータカ絵本を事例に、近現代日本の児童読物において、史的ブッダ像と並存するように、信仰上の神話的に語られるブッダの表象が再生産されてきたことを論証した。また同時に、ジャータカ絵本を成立させた歴史的過程には、共にキリスト教徒である童話作家の巖谷小波と、児童文学研究者の蘆谷盧村が、極めて重要な役割を果たしていた事実も併せて指摘している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
平成30年度では、過去二年間の研究成果を発展させるかたちで、「近現代日本の仏教絵本は、近代アカデミズムの学術的知識により形成されたブッダ像だけを表現し続けてきたのか」という新たな問題を提起した。そのうえで、仏教絵本を通じ、同時代的に共有されるブッダの表象が文化的多様性のなかで再生産され、変容していったことを提示するべく、ブッダが小国の王子として誕生する以前の前世で為した善行功徳を伝える、インドで発祥した仏教説話のジャータカを再話する絵本に着目した。 ジャータカ絵本を考察対象としたことについては、平成31年1月刊行の『仏教文化学会紀要』第27号誌上に掲載された「近現代の日本におけるジャータカ絵本の成立」でも研究成果として記した通り、主に三つの理由があげられる。その第一は、古代から日本の説話や芸能の原話となり土着化していたこの仏教説話が、近代西洋からもたらされた民話研究や、童話作家である巖谷小波の再話により、インドの昔話として童話にとり入れられていった経緯があること。第二は、文学において古典の再評価がなされた大正時代に、日本童話協会を設立したキリスト教徒で児童文学研究者の蘆谷盧村が、はじめて仏教童話というジャンルを提唱し、その事例としてジャータカを紹介したこと。第三は、蘆谷盧村の提唱した仏教童話という概念が、その後、鈴木積善、内山憲尚、山田巖雄、大関尚之などの児童伝道に携わる仏教僧らにも受け入れられ、戦後におけるジャータカ絵本の成立に結びついていったことである。 以上の事柄を裏づける前段階として、今年度の学会発表や投稿論文では、1950年に刊行された『佛敎聖典 おしやかさま こども繪本版』の編纂者に内山憲尚と山田巖雄の名があり、1960年以降に鈴木学術財団から刊行された「ジャータカえほん」シリーズを含む戦後の仏教絵本制作に彼らが深く関与していた事実も確認している。
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Strategy for Future Research Activity |
平成30年度は、教主の行状を物語化する仏伝絵本ではなく、ブッダの前世に関連した仏教説話であるジャータカ絵本を考察した。その結果、近代ヨーロッパから伝播する仏教学や宗教学などの学術研究が構築した史的ブッダとは異なる、経典や伝承などで神話的に語られたブッダ像が、近代日本における児童読物の分野で表現されてきたことを指摘できた。 とくに明治時代、新政府が推進した西洋化政策によって近代ヨーロッパの啓蒙思想が知られると、教育分野でも迷信を打破して正しい知識を広めるという考え方が一般化する。それに伴い、福田太一などの知識人からは、娯楽性に満ちた非科学的な童話や昔話を子どもへ与えることに対して批判がなされる。また仏教界でも経典を重視し、童話を排除する傾向が根強くあったが、近現代のメディアが生成する超現実的なブッダの表象に対して肯定的な受容者が支持し、児童読物としてジャータカが再話されたことは、本年度における大きな発見であった。 次年度からは、そうした仏教と啓蒙主義の相克について更に掘り下げて行きたいと考えている。具体的に探究したいのは、現在の仏教絵本が成立する以前の明治時代において、廃仏毀釈を経て啓蒙思想をはじめとする西洋の思想や価値観と対峙した仏教が、絵本という媒体でどう表現されたのかという問題である。 この考究については、6月に開催された第21回絵本学会大会の研究発表として既に着手している。そこでは、明治前期の草双紙から仏教に関連する作品をとりあげ、文明開化の黎明期において仏教の地獄を迷信として批判する表現が見られることを紹介したが、今後もこの議論に関する考察は、推し進めていく計画である。草双紙・絵本が教育教化の手段として用いられていく歴史的過程も視野に入れながら、明治10年代以降に刊行され始める仏教草双紙を考察することで、ブッダと仏教をめぐる表現の時代的変遷について明らかにしたい。
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Causes of Carryover |
平成30年度の計画では、図書購入の物品費として50万円程度使用する予定であった。しかし、9月に所属学会である絵本学会から、次年度の6月に帝京大学で開催される第22回学術大会の大会運営委員に就任して欲しいという打診があり、また、大会二日目に行われるラウンドテーブルのコーディネーターの依頼も併せて引き受けることになった。 後日、ラウンドテーブルのテーマとして「宗教と絵本 仏教・キリスト教・イスラム教の絵本を通して」を立案した。企画としては、「絵本と教育 メディアとしての絵本、その魅力と多様性を探る」という大会の全体テーマを踏まえつつ、比較文化学的な観点から、仏教・キリスト教・イスラム教の絵本研究者三名のパネリストによる発表と、ディスカッションを行うという内容となる。 なおこのラウンドテーブルは、科研費の採択課題である「近現代日本の仏教絵本におけるブッダのイメージ研究」の最終年度で計画した仏教絵本の読者受容と関連づけたテーマ設定をしており、所属学会からも科研費の関連プログラムとして、パンフレット等へのクレジット表示を許可されている。ゆえに、研究成果としてまとめる必要があるため、予算使用を図書購入費から、ラウンドテーブルを記録保存する機材購入費に変更することにした。ところが、大会プログラムの正式決定が、年度末の3月になったことから、年度内の予算消化ができず、次年度使用額が生じてしまった。
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Research Products
(3 results)