2020 Fiscal Year Research-status Report
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16K02329
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Research Institution | Taisho University |
Principal Investigator |
森 覚 大正大学, その他部局等, 非常勤講師 (00646218)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 仏教絵本 / 宗教表象 / 文明開化 / 迷信排除 / 啓蒙メディア / 学校教育 / 仏教文化 / 開化本 |
Outline of Annual Research Achievements |
令和2年度は、社会との関わりにより生み出され、人々に受容される仏教絵本の表現を考察する取り組みに着手する予定であった。しかし、前年度の2019年6月1日・2日に開催された第22回絵本学会大会にて、本研究課題に関連したラウンドテーブルB「宗教と絵本 仏教・キリスト教・イスラーム教の絵本を通して」を開催。元鈴木出版の永吉敦郎氏、北海道大学大学院教育学院の山口恵子氏、東京大学の前田君江氏の三名を招聘し、研究者だけでなく編集者も交えつつ、三大宗教絵本をめぐる制作現場、マーケティング、宗教教育、表現のタブー、社会的マイノリティなどの問題について議論を交わすことができたことで、当初の研究計画に掲げた目標をほぼ達成することができた。 このような事情から本年度は、近代日本における仏教とメディアの接続性に着目する新たなテーマ設定を行った。それが明治前期に娯楽読物として制作された草双紙や錦絵の仏教表現を考察し、大正期に成立した仏教絵本へ与えた影響について探るものである。 19世紀から20世紀に移行していく近代は、江戸時代から続くメディアと、西洋文明の接種や科学技術の発展により誕生した新たなメディアが併存し、仏教がさまざまに表現され、記録され、大量に消費されていった時代である。こうした新旧のメディアを通じて接する仏教表現には、宗教的知識を提供するだけではない、娯楽の要素も多分に含まれている。 実際、近代という時代を生きた人びとには、知識という枠に収まらず仏教に接してきた側面が認められる。 そこで、娯楽性を帯びた仏教表現がいかなるものであったかを検証するべく、近世と近代のメディアが入り混じる時期に創出され、国家や出版人たちの思惑が絡みあいながら創出される、人びとの心理や思考、行動へ影響を与えようとした仏教表現を考察する研究論文として「明治15年の草双紙『開化地獄論』─啓蒙主義と仏教─」を執筆した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
令和2年度は、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、所属学会の学術大会が次々に中止。研究計画の大幅な変更と活動の縮小を余儀なくされた。 こうしたなか、本年度の成果として執筆した研究論文「明治15年の草双紙『開化地獄論』─啓蒙主義と仏教─」が査読を経て、『大正大学綜合佛教研究所』第43号へ掲載される運びとなった。本論文は、近代に成立した仏教絵本の源流を辿ると共に、メディアが生み出す仏教表現に対するさまざまな立場からのアプローチに着目している。このなかで取りあげた『開化地獄論』は、文明開化が進む明治15年に刊行された小型の草双紙である。本作品は、陰暦1月16日と7月16日に開催される閻魔詣を迷信として排除し、文明開化を推し進めようとする明治政府の思惑から制作されている。そのため、『開化地獄論』では、学校教育により近代西洋の知識を学ぶ小学生が、啓蒙主義の立場から閻魔と論争し、地獄が現実世界に存在しない虚構であることを論証していく物語が展開する。 また、本論文では、草双紙という媒体を通じて国家側の政治宣伝へ積極的に加わる出版人たちの動向にも触れている。その過程では、河鍋暁斎が描く錦絵「応需暁斎楽画 第一号 地獄の文明開化」や「応需暁斎楽画 第四号 極楽と地獄の開化」、大久保夢遊の『文明開化地獄極楽一周記』という読み物も制作されており、ブッダと閻魔が登場し、仏教と文明開化を描くこれらの表現が『開化地獄論』へ影響を及ぼしていることを指摘した。 なお本年度は、科研費課題の成果を社会へ周知するべく、2020年3月31日に刊行した『メディアのなかの仏教─近現代の仏教的人間像』(勉誠出版)の周知にも努めた。現在、2020年7月2日付の「週刊仏教タイムス」を皮切りに、8月31日刊行の『怪と幽』第5号(KDOKAWA)、表象文化論学会のニューズレターREPRE40のメディアで本書の紹介がなされている。
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Strategy for Future Research Activity |
令和2年度は、新型コロナウイルスの感染拡大により、緊急事態宣言が発令されたことで科研費課題を推進するための研究拠点が閉鎖。また、イデオロギー批判とコンテクスト分析の観点からテクスト精読を行う本課題において一次資料とその表現を読み解くための情報を入手することは不可欠だが、それを実行するための図書館や資料館は、臨時休館となった。さらには、都道府県を往復する研究調査が制限され、所属学会の開催する学術大会が中止される事態も生じる。 これにより、調査と報告の場が機能不全となり研究計画に大幅な変更を余儀なくされ、今年度に設定した研究テーマの遂行が困難な状況が生じた。そこで2021年2月に所属機関を通して「補助事業期間延長承認申請書(様式F-14)」を提出し、1年間の研究期間申請が認められたため、引き続き研究課題を継続することにした。 令和3年度も新型コロナウイルスの感染状況を見計らいながらの研究活動になると想定される。都道府県を往復する研究出張や、所属学会が開催する学術大会については、引き続き行政や所属機関の指示に従いながら実施し参加する必要はある。しかし一方で、所属機関への立ち入り許可や、図書館および資料館などは再開しており、調査する環境が再び整いつつある。 可能であれば、所属学会における学術大会の開催状況にあわせて研究発表を行い、学会紀要への投稿も継続させながら、研究成果の社会的な周知につとめたい。なお現在、令和2年度の成果をふまえて調査を進めているのは、明治期に制作された草双紙と大正期に成立した仏教絵本におけるブッダの表現をめぐる創出と変容についてである。 同時に本年度は、研究課題期間の最終年度となるため、総括として本課題の研究の趣意ならびに概要、関連する2016年から2021年までの所属学会あるいは公開研究会で発表した研究報告と研究論文を網羅した研究報告書を作成して情報発信していく。
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Causes of Carryover |
次年度使用額が生じた理由としては、本年度に世界的な流行をみせた新型コロナウイルス感染拡大の影響がきわめて大きい。 緊急事態宣言の発令により、全国の大学が立ち入り禁止となり、所属機関も閉鎖状態へと追い込まれることになった。また、新型コロナ感染防止策として、資料収集を行なってきた国会図書館、国際子ども図書館、東京都立多摩図書館、大阪府立国際児童文学館、国際マンガミュージアムなどが一時臨時休業。加えて、都道府県を往復する研究調査の制限と、絵本学会、日本比較文学会など、所属学会の開催する学術大会が中止したことで、本年度の前半は、当初から計画していた予算の執行がほとんどできない状態になってしまった。8月から10月にかけては、新型コロナウイルスの感染も小休止状態となり、調査活動を再開したが、11月以降には、第3波となる感染拡大が報じられ、12月に開催を予定されていた仏教文化学会学術大会も中止、ここで再び、予算の執行が滞ることになった。 令和2年度を総体的に振り返れば、所属学会の学術大会が開催される4月から6月、11月から12月のシーズンに、新型コロナウイルスの感染拡大が重なっており、全国各地での文献調査を実施する困難さも生じた。それは、次年度使用額が生じた理由となる。
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