2017 Fiscal Year Research-status Report
近世・近代日本における中国古典詩の受容とその社会への影響についての研究
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16K02365
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
合山 林太郎 慶應義塾大学, 文学部(三田), 准教授 (00551946)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 東アジア / アンソロジー / 総集 / カノン / 国語 / 比較文学 |
Outline of Annual Research Achievements |
研究計画に基づき、以下のような調査検討を行った。①昨年度に引き続き、日本で編まれた中国古典詩詞華集及び韻類書に収録された中国古典詩について調査した。詞華集については、春田横塘『唐明詩類函初集』(享和2年〈1802〉刊)や村瀬太乙『幼学詩選』(嘉永2年〈1849〉刊)などを、韻類書については、大窪詩仏・糸井榕斎『詩学自在』(文化6年〈1809〉刊)、伊藤鳳山『〈詩韻砕金〉幼学便覧』(天保13年〈1842〉刊)、同『〈詩韻砕金〉続幼学便覧』(嘉永3年(1848)刊)、内山牧山『詩語金声』(同刊)、同『詩語対句自在』(嘉永5年〈1850〉刊)などの広く読まれたものを中心に検討した。館柳湾の手になる、月や季節ごとに、草木や花卉などと関連した詩文を集めた『林園月令』(天保2年〈1831〉序)や『同二編』についても分析した。②近代の漢詩詞華集の中国古典詩の選詩状況について、とくに漢文学以外のジャンルとの関係に焦点を当てながら、分析した。③近世・近代日本の中国詩文集の和刻の状況について、明治の漢学者近藤南州の旧蔵書や野口寧斎関係資料などを調査しつつ、分析した。④広島県立歴史博物館に収蔵される菅茶山の詩稿など、近世期の漢詩人の草稿について調査を行い、詩作の場において、どのような典籍が参照されたのかについて、具体的な調査を行った。⑤夏目漱石の詩について、明治期の日本における中国古典詩の流布状況などを視野に入れつつ、新たな理解・評価を行うことができるかを検討した。以上の調査・分析で得た知見を踏まえつつ、近世・近代日本における中国古典詩受容について、総合的な認識を得られるようつとめた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
上記「研究実績の概要」に記した調査から、次のような知見を得た。①近世期の詞華集や韻類書には、必ずしも有名とは言えない詩人たちの作にいたるまで、中国古典詩が幅広く収録されてり、これが、近世期の人々の漢詩に関する基礎教養がを形成している。②近代の小説・随筆などに引用される中国古典詩については、当時流布していた詞華集を視野に入れつつ検討を行う必要がある。たとえば、永井荷風の『歓楽』の中に清代の詩人王漁洋「秦淮雑詩」が引用されているが、この詩は『和漢名詩類選評釈』に収録されており、人口に膾炙していた。③大町桂月『和漢名詩詳解』(大正10年〈1921〉刊)に、高麗の儒者鄭圃隠の詩が掲載されるなど、特徴を有している。鄭圃隠の詩は『列朝詩集』や『華東唱酬集』などにも収録されているが、『和漢名詩詳解』に収録された事情については、桂月自身の事跡や当時の文化状況などを考える必要がある。④明治期において中国の詩文集が刊行される際に、江戸期の和刻本が利用される例がある。⑤明治期の日本への漢籍流入には、中国に渡航していた日本人が大きく関わっている。たとえば、漢詩人野口寧斎の蔵書構築には、伊藤壺渓、牧放浪、金井秋蘋らが選定・購入などを担当している。⑥近世期の詩人は、草花など身近な自然を詠う際、呼称の選択(漢名を用いるか、日本固有の漢字名を使うか)に意を用いている。こうした彼らの選択には、17~18世紀における明代の本草書や農書などの輸入及び和刻が、大きな影響を与えている。⑦夏目漱石の詩は、謝六逸をはじめ中国の文人から高い評価を得ており、また、外交官の堀口九萬一(詩人堀口大學の父)が激賞した。様々な観点から分析した結果、漱石の詩は、従来の古典的な枠組みとは異なるアプローチで作られていると考えられる。
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Strategy for Future Research Activity |
今年度まで研究成果を踏まえ、次のように調査研究を進めてゆく。①近世期の詞華集、韻類書に収録された中国古典詩について、さらにデータ化を進める。また、蓄積されたデータに基づき、近世・近代の日本に強い影響を与えている総集・別集について特定する。②近代においてひろく読まれた漢詩詞華集について考察してゆく。『和漢名詩鈔』(明治42年〈1909〉)や『続和漢名詩鈔』(大正4年〈1915〉)を編んだ結城蓄堂や、『和漢名詩詳解』を作った大町桂月らについて、漢文の教養の形成過程や交流関係なども視野に入れつつ、その漢詩観を探る。あわせて、彼らの詩に対する考え方が、詞華集の編纂方針とどのように関わったのかについて分析する。③近世・近代の詩文集の和刻本について、底本の選定や校訂のあり方について重点を置きながら、詳細に分析を行う。④近世期の儒学者・文人の漢籍受容について、藩校や私塾における蔵書構築や読書状況について、具体的に検討する。また、明治期の専門漢詩人の中国古典詩の受容の特徴について、評論や注解を調査しつつ分析する。⑤鴎外や子規、漱石、荷風らの文学について、中国古典詩がどの程度影響を与えているかについて考察する。明治期の詞華集などを参照しつつ、こうした文学者たちが行った漢詩への言及の意味について、実証的に明らかにする。 以上の調査の結果を踏まえ、近世・近代日本における中国古典詩の受容について総合的な理解を得る。儒学者や文人、政治家や実業家らなど、それぞれの職業や階層などを分類しつつ、それぞれの領域でどのような知識基盤の形成がなされていたのか、詳細に見てゆく。
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Causes of Carryover |
(理由)予定していた調査やデータの整理作業の一部を、所蔵機関の都合や資料収集の状況などにより、次年度以降に実施することにした。なお、その他の作業や学会報告に関して、次年度以降に実施予定していたものを、部分的に今年度実施している。 (使用計画)旅費及び物品費に使用し、必要な調査及びデータ整理を遅滞なく遂行する。また、作業全体を見渡しながら、より一層、効率的な情報収集を心がける。なお、大きな学術的な貢献を行い得ると目される調査対象については、先行して検討・発表を行う。
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Research Products
(8 results)