2018 Fiscal Year Research-status Report
近世・近代日本における中国古典詩の受容とその社会への影響についての研究
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16K02365
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
合山 林太郎 慶應義塾大学, 文学部(三田), 准教授 (00551946)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 漢文 / 教養 / カノン / 国語 / 総集 / アンソロジー |
Outline of Annual Research Achievements |
研究計画に基づき、以下のような調査・研究を行った。①江戸・明治期の詞華集などに掲載された中国古典詩について継続的な調査を行った。とくに、近藤石顛編、近藤元粋(南州)閲『詩作独学自在』(青木嵩山堂、明治25年〈1892〉)などの、明治期の詩学作法書、韻類書を集中的に検討した。なお、『詩作独学自在』は、石顛が編纂しているが、実際には、近代の大阪で活躍した儒者南州の手が相当に加わっているものと推測される。当時注目を集めていた森槐南の『古詩平仄論』(清の王漁洋、翁方綱の著述を槐南が参訂したもの)などに対する批判的な言辞が見られ、明治期多様な潮流を知る上で意義ある資料である。②近世後期以降に刊行された和刻本の漢詩集について分析した。その中でも、とくに先に言及した近藤南州が編集校訂を行ったものを重点的に調査した。南州は、自ら評訂した和刻漢詩集を、多数刊行している。これら南州校訂の和刻本が、どの程度、社会に読まれ、近代の中国古典詩受容にどのような影響を与えたかについて、検討した。③近世期の中国古典詩の受容について、特色ある言動をしている人物たちを取り上げ、重点的に調査を行った。具体的には、近世中期の儒者であり、明石藩に仕えた梁田蛻巌や、近世後期の京で活躍した文人梅辻春樵などを分析した。④近世後期以降、どのようなかたちで漢詩文化が形成されていったかについて、中国古典詩とともに、当時の人口に膾炙した日本の漢詩を例に考察した。近世最大の学塾咸宜園を運営した広瀬淡窓や、維新期の政治家である西郷隆盛の詩、さらには、近世期に作られた江戸の名所旧跡などを詠った詩などを例に、それらが、どのような媒体に掲載され、社会に流通・浸透していったかを検討した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
上記「研究実績の概要」に記した調査から、次のような知見を得た。①『詩作独学自在』には、清代までの中国の詩が、日本人の手になる「新題(気球などの新しい事物を詠うこと)」の漢詩とともに掲載されている。幅広い時代の中国古典詩を模範として提示しつつ、中国では稀にしか詠われていない題材を取り上げた、日本人の作を併録し、全体としてバランスの取れた漢詩の基礎教養を形成する、という傾向が見られる。また、中国の詩では、南宋のものが多数収録されており、南宋詩のブームが起こった近世後期の漢詩の潮流からの連続性が看取できる。このほか、朝鮮の鄭道伝の詩も収録されている。②近藤南州校訂の和刻本には、他の和刻本とは字句が異なる場合があることが分かった。こうした異同を手がかりに、今後、近代の漢詩詞華集や詩学作法書を精査することで、南州校訂の詩文集の影響範囲を分析できると考えている。③近世期の中国古典詩の受容についての多様な姿を明らかにした。たとえば、梁田蛻巌は、徐文長ら明代(とくに明末)の詩人について、想像やイメージの連鎖、比喩などの点から評価している。また、梅辻春樵は、白居易の詩を重視しているが、古代からの我が国の白詩受容の伝統を意識したためである。④このほか、広瀬淡窓の詩が、近世・近代の詞華集に収録され、それに伴って古典化していったことや、江戸の風景を詠った漢詩が、近代の地誌や随筆に掲載され、人々に知られてゆくことなどについて論究した。すなわち、中国古典詩の社会への浸透と併行して、近世の日本漢詩が、近代において基礎教養となってゆく過程の一端を明らかにした。
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Strategy for Future Research Activity |
最終年度を迎える次年度については、今年度までの研究成果を踏まえ、次のように調査研究を進めてゆく。①近世・近代の日本で流布した、詞華集や詩作作法書、韻類書などに収載された漢詩について、これまで蓄積したデータを統合し、具体的にどの詩が広く読まれたのか、それらは、どのような経緯でこうした初学者向け書籍に収載されたのか、また、どれほど実際の詩作に影響しているのか、などについて、総合的な分析を行う。なお、分析は、中国古典詩を中心とするが、韓半島や日本の詩についても考察する。②和刻本の分析を中心に、中国古典詩の近世後期以降の日本における流通の状況について総合的な考察を行う。③以上の知見(①②の成果)を踏まえつつ、同時に、近世・近代の漢詩人の詩作を考察し、従来の日本漢詩史における理解の相対化を図る。とくに、近世・近代における漢詩の語彙についての基礎知識の形成過程に注意し、より精度の高い詩の分析を行う。④中国の古典詩が、日本の文芸や文化、さらには生活とどう関わったかについて、総合的な理解が得られるよう、分析を行う。そのために、たとえば、小説など他ジャンルの文芸中への漢詩の引用状況や、漢詩和訳などの翻訳のあり方について調査・検討する。また、漢詩人や儒者たちの生活のあり方、さらには、政治家や実業家などの生涯について、中国古典文学との関わりの点から検討する。⑤以上のような作業を経て得られた知見について、教育をはじめ、文学研究以外の領域の学術の進展にも貢献できるようなかたちで発表してゆく。また、国際的な発信についてもなお一層強化してゆく。
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Causes of Carryover |
(理由)予定していた史料調査やデータ整理作業、成果発表の一部について、所蔵機関の都合やデータの収集状況などにより、次年度に実施することとした。また、史料調査の一部については、文献などにより代替できることが分かり、その資料を購入するなどした。 (使用計画)成果発表のための旅費を、最終年度である次年度にできるだけ集中させることとした。また、資料調査及びデータ整理などの作業を効率的に実施し、遅滞なく研究を行ってゆく。
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