2018 Fiscal Year Research-status Report
黙阿弥作品の発展的研究―基礎資料更新と作劇論の再構築―
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16K02424
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Research Institution | Ferris University |
Principal Investigator |
吉田 弥生 フェリス女学院大学, 文学部, 教授 (00389876)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 日本文学 / 近世文学 / 歌舞伎 / 芸能史 / 演劇学 |
Outline of Annual Research Achievements |
平成30年度は実施計画の「(A)黙阿弥が〈独り勝ち〉のごとく江戸の劇壇にあった理由(B)流行や人々の嗜好を映しとらえ、さらにその時代の流行を創り出す最も魅力的なメディアという立場だったこと」の2点に関する検証に努めた。具体的には、明治期における黙阿弥の活躍を再検討し、演劇改良運動の名のもと急進的に歌舞伎の近代化をはかろうとする政府関係者や一部の俳優と劇場主らの志向に応じて手がけた作品が、同時に歌舞伎へ新たなジャンル(活歴物・散切物・松羽目物舞踊)を生み出したことを明らかにした。これは従来の言説を踏襲するにとどまらず、該当作品を取り上げ、資料展示によって成果を公表し(「黙阿弥の明治」展(平成30年10月1日~平成31年1月27日、伝統芸能情報館情報展示室)監修および解説)、また松羽目物舞踊『連獅子』をとりあげ、公開研究会を催した(平成30年11月26日、伝統芸能情報館レクチャー室)。若き日の黙阿弥が7代目市川團十郎の『勧進帳』創演に関わり、そこで振付の初代花柳寿輔、役者の4代目市川小團次と知己を得たことを契機に、幕末の劇界で〈独り勝ち〉と目される作者へ大成したことが考えられた。なお現行上演では3代目杵屋正次郎作曲のものが用いられるが、黙阿弥が書いた際には2代目杵屋勝三郎が作曲したため2つの曲が存在する。実演で比較した結果、黙阿弥の原作では獅子をより勇壮に描いたことが確認できた。そして、黙阿弥が立作者となった初期より手がけた小説の脚色作品に関する論考を「再考・黙阿弥と小説」(平成31年3月、フェリス女学院大学国文学会『玉藻』53号)へまとめた。考察としては、黙阿弥が作者になる以前の貸本屋時代(天保3年より3年間)に新刊本として刊行された本を調査すると、黙阿弥が幾度も脚色を試みた馬琴作品も含まれることが明らかとなり、従来の自身の研究の行ってきた研究内容を更新する結果を導くことができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
上方における再演作品に関する調査および基礎データ更新作業については出張を伴う調査が必須であり、介護等の事情から進捗が望めない状態にあり遅れている。しかし、これまで蓄積してきた自らの調査成果を再考することから、小説と黙阿弥の関係性を近世期の出版、刊行事情や黙阿弥貸本屋時代の小説から考察できたこと、明治期に特徴的となった松羽目物舞踊を『連獅子』をめぐって考察したところ、当時の急進的な近代化が演劇にもおよぶなかで、黙阿弥自らが新たなジャンルを創造する姿が見いだせたこと、黙阿弥が獅子の勇壮さを描こうとしたことなどが明らかになった。 また、「研究成果の社会・国民に発信する方法」として研究計画書に述べた「黙阿弥生誕200年展」は「黙阿弥の明治展」として計画どおりに河竹家資料を含めた伝統芸能情報館情報展示室における資料展示のかたちで公開(平成30年10月1日より、平成31年1月27日まで)、その監修をつとめた。また、共同通信の取材を受け、長崎新聞や埼玉新聞など数社で「河竹黙阿弥の幕末・明治(上)(中)(下)」連載3回の記事として掲載された。そのため、話芸との関係や基礎資料更新、上方における上演資料調査など当初の予定に関しては遅れているものの、想定外の方向性を見出すこともできた。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究推進方策としては、おおむね3点である。 (1)上方における黙阿弥作品の評価:江戸・東京における再演と異なり、演技の伝承が反映されず、テキストのみ受容した上方における黙阿弥作品の評価に関し、上演を描いた錦絵、番付、上演台本を調査し考察を行う。本研究課題進捗の遅れの要因だったテーマだが、研究期間のうちに池田文庫がデジタルアーカイブを開設、解決の兆しが見え、デジタル資料を用い、可能な範囲で取り組む。 (2)主として昭和期に淘汰された名作および場面の考察:上演頻度はそれほど高くないが、今後において歌舞伎上演レパートリーになりうる黙阿弥作品をとりあげて研究する。たとえば黙阿弥がその初期に影響を受けたサロン文芸である三題噺をもとにした『三題噺魚屋茶碗』の構造を調べ、『浮世清玄廓与夜桜』を南北の『桜姫東文章』と比較し、南北作品のオマージュを見出し、『新皿屋舗月雨暈』の「お蔦殺し」のように今日上演機会の少ない場面がいかようであったかなど、制作側にアプローチできるような研究を行う。 (3)黙阿弥の浄瑠璃所作事作品:『連獅子』について公開研究会をもつ機会を得たので、成果を論文化する予定である。その他、黙阿弥の浄瑠璃所作事作品について研究を行い、作中の滑稽浄瑠璃にも着目し、黙阿弥と舞踊や音楽の関係性を考察する。
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Causes of Carryover |
家庭の事情(高齢家族の病気介護)により予定していた調査旅費を使用できなかったため。また、当初予定していたデータベース作成のための人件費を使用しなかったため。 使用計画としては、主として研究計画(2)で扱う『三題噺魚屋茶碗』『浮世清玄廓与夜桜』と(3)黙阿弥の浄瑠璃所作事作品や作中の滑稽浄瑠璃に関する資料購入費および成果の刊行準備・編集作業に携わる協力者の人件費を予定している。
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