2016 Fiscal Year Research-status Report
ヒューマニズムと宗教改革が近代初期イングランドの演劇に与えた相乗的影響
Project/Area Number |
16K02445
|
Research Institution | Kanazawa University |
Principal Investigator |
高田 茂樹 金沢大学, 歴史言語文化学系, 教授 (40135968)
|
Project Period (FY) |
2016-10-21 – 2019-03-31
|
Keywords | 近代初期イギリス / 宗教改革 / ヒューマニズム / シェイクスピア / 悲劇 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では、近代初期イングランドの演劇、とりわけシェイクスピアの英国史劇と悲劇、さらには晩年のロマンス劇の創作に対して、ヒューマニズムと宗教改革、並びに、近代国家の政治体制の確立とが、相乗的にどう影響したかを解明していく。 演劇と宗教との関わりに関する近年の新たな研究動向をふまえて、ルネサンスと宗教改革がほぼ同時に進行したイギリスにおいて、現世中心のヒューマニズムと来世中心の宗教意識との間の葛藤や、新旧両派の教義・実践における相違、さらには、宗教的帰依と政治的な忠誠との相克など、複数の対立軸が、作家の精神形成に与えた影響を多角的に探っている。 その解明の一つの手がかりとして、宗教を虚構と捉えるマキャヴェリ的な発想などに加えて、宗教上の弾圧とそれに対抗する非合法の運動が生み出した恐怖や不安、殉教を巡る両派の言説など、従来必ずしも重視されていない要素にも注意を払う。 具体的には、対象となる作品の中に見られるマキャヴェリ的な言説の分析を通して、従来から行ってきた、ヒューマニスト的な教育によって培われた、己の力を頼む一方で、自身も含めた人の営みや言説を〈虚構〉に見立てる心的傾向について、さらに視野を広げて、そういった発想の文化全体への広がりを検証して、その作用・影響を多角的に探っていく。 また、その一方で、カソリックとプロテスタントの両者によるさまざまな対立やそれぞれの側が受けた殉教とそういったことに関わる言説の性格を、各種の文献を当たることで、把握することに努め、それがこの時期の主体構成にどう関わっているのか分析いていく。そして、それらの言説と、シェイクスピアを中心とする歴史劇や悲劇の中で表される登場人物たちの苦難や悲嘆の表現やそういった表現を生じさせる状況とのあいだの相同性を詳らかにすることで、シェイクスピアの悲劇的な言説の特質を解明してゆく。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
28年度には、このプロジェクトに関して、二つの論文を発表した。 一つは、「人生夢芝居――転換期を生きる人々」で、これは、ルネサンス期のように社会の状況が大きく変わる中で、ヒューマニスト的な修辞教育を受けた人物が、世界や自身を虚構と捉えようとする傾向があることに着目して、それがシェイクスピアの演劇や当時の文人や政治家の行動や著述にどう表されているか考察して、その一方で、そういった認識が、自らの存在に根拠がないという感覚に繋がっていることを論じて、こういう感覚が以降の悲劇の重要な基点となっていることを説いたものである。 もう一つは、『リチャード二世』――神と人、王と臣下のあり方と関係を巡る一考察――」で、こちらは、内乱で社会の階層制度が崩壊し、それを拠り所としていた人々が精神的に荒廃していく過程をたどった「英国史劇前期四部作」の後で、シェイクスピアが秩序の喪失が前提とされた世界で、人が自身と世界とのあいだにあるべき関係をさまざまに模索したものとして、『リチャード二世』を論じたものだが、リチャードとボリンブルックという二人の主要人物が、受難や敬虔さといった宗教的な言辞を弄びながら、同時にそれと実態との齟齬を意識させられ、そこに悲劇への端緒が開かれる点を論じており、この論議は、執筆の順は前後するが、28年度に出版した、完璧に君主を演じながら、その役割との乖離と疎外に苦しむ王を論じた『ヘンリー五世』論に繋がるもので、全体として、ヒューマニスト的な認識と殉教や受難、信仰の言説が影響し合って悲劇の形成に展開されていく一つの道を辿れたと考えている。 これらの論考を通して、シェイクスピアの作品とりわけ英国史劇におけるヒューマニズムと宗教的言説の葛藤の一環を解明することが出来たが、さらに考察の対象を広げるとともに、そういった宗教上の文献にもさらに当たって、議論を深めていきたい。
|
Strategy for Future Research Activity |
平成29年度には、これまでの研究成果を踏まえつつ、少し視点を変えて、シェイクスピアの晩年のロマンス劇『冬物語』について、これを、宗教改革の進行と聖像破壊、シェイクスピアのジェンダー観、物語行為論の論点を交える形で、そのインターテクスチュアルな性格を考察して、シェイクスピアが前期の歴史劇や喜劇、後期の悲劇や問題劇などの模索・彷徨を経て、晩年に総体としてどのような演劇的なヴィジョンに到達したのか解明して、これを学会等で口頭発表するとともに、論文の形にまとめて、従来の論文と併せて、後期シェイクスピアの演劇的なヴィジョンの展開をたどる著書として、30年度内に刊行することを目指す。 その一方で、シェイクスピアの最初期の英国史劇である『ヘンリー六世』三部作について、平成29年度、30年度と二回に分けて、この作品の中に時代の社会的、政治的状況や宗教的対立などが他の作品よりもより直接的に反映されているということを考えて、そういった歴史的な背景を踏まえつつ、そのような社会的、政治的問題が作品の中でどのように表象されているか、また、ここで考察された問題が、のちの悲劇のテーマにどう繋がっていくのかということを考察していく。29年度には、そのうち、作品の時代背景と『第一部』を中心に論じていく予定である。 また、こういった当時の宗教的な論争の文献を当たる中で、とりわけ興味を引かれたWilliam Baldwin の “Beware the Cat” (1561)について、これが、イギリス最初の小説という評価もされることを踏まえて、自ら翻訳することも含めて、その文学的・思想的な重要性を明らかにしていきたい。
|
Causes of Carryover |
物品費については、科研費交付の決定の通知が10月に入ってからだったために、28年度の研究については、すでに動き出していて、その準備と実際の執筆等に忙殺されたために、具体的な資料の選定や発注に遅れが生じたため。 旅費についても、同様に、秋以降に仕事が立て込んだために、資料収集の目的で出張する時間をなかなか取ることが出来なかったため。
|
Expenditure Plan for Carryover Budget |
28年度に時期的に購入に至らなかったイギリス・ルネサンス期関係原典ならびにイギリス・ルネサンス期に関する研究書を、29年度に購入予定だった分も含めて購入して、研究体制のいっそうの充実を図る。 また、資料の収集や研究発表のための出張等についても、28年度に行けなかった分も含めて、収集に努めて、研究の基盤を確かなものにする。
|