2016 Fiscal Year Research-status Report
アメリカにおける「自己啓発本」出版史に関する文化論的研究
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16K02488
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Research Institution | Aichi University of Education |
Principal Investigator |
尾崎 俊介 愛知教育大学, 教育学部, 教授 (30242887)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 自己啓発本 / ニューソート |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度はアメリカ及び日本における自己啓発本の出版史について、主としてその歴史的経緯を明らかにすることを目標とし、この目標を達成すべく、日米両国で出版された主要な自己啓発本と、自己啓発本に関する研究書等の読破に努めながら、自分なりの自己啓発本出版史の構築を試みた。 具体的には、アメリカにおける自己啓発本の原点をベンジャミン・フランクリンの『自伝』(1771-90)に定め、これ以後、例えば20世紀後半に出版されたスティーヴン・R・コヴィーの『7つの習慣』(1989)といったベストセラーに至る「自助努力型自己啓発本」の系譜を明らかにすると同時に、19世紀末のアメリカに流行した「ニューソート」と呼ばれる神学思想に基づき、人間が強く望むことはすべて当人の元に引き寄せられ実現するという特異な主張の下に発展した「引き寄せ系自己啓発本」という別系統の自己啓発本が存在することを明らかにし、19世紀末のオリソン・マーデンやウィリアム・アトキンソン、20世紀半ばのデール・カーネギー、ナポレオン・ヒル、ヴィンセント・ピール、さらに21世紀初頭のロンダ・バーンに至るこの系統の代表的ライターたちの業績について調査を進めた。 また日本における自己啓発本出版史という点に関しては、まず福沢諭吉の『学問のすゝめ』(1872-76)をその原点と措定し、ベンジャミン・フランクリンに強い影響を受けた福澤が、本書の出版によって我が国にアメリカ発祥の自己啓発思想を持ち込んだという仮説の下、アメリカ発祥の自己啓発本が日本の近代化に果たした役割を指摘しながら、以後陸続と出版された日本流の自己啓発本、例えば三木清の『人生論ノート』や松下幸之助の『道をひらく』、さらに近年で言えば水野敬也の『夢をかなえるゾウ』に至る一連の自己啓発本の伝統の見取り図を作成した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
上記「研究実績の概要」で述べたように、本年度における本研究の到達目標としては、アメリカと日本における自己啓発本の系譜を概ね明らかにする、というものであったわけであるが、両国で出版されている自己啓発本の数があまりにも多いため、そのすべてを把握したとは無論言えない。しかし、時代を画するような主要な自己啓発本に関しては、その大半を読み終えることができ、概略的なものであるとはいえ、両国の自己啓発本出版の歴史の概要を明らかにすることはできたと思う。 そしてその成果は、オックスフォード大学出版局が編集と公開を進めているインターネット上の百科事典『Oxford Research Encyclopedias』に掲載予定の原稿(American and Japanese Self-Help Literature)として提出し、現在、掲載可否の審査中である(本原稿の簡略版は既にインターネット上に公開されている)。 また本研究を進めていく過程で、アメリカの自己啓発本のサブジャンルの一つである「精神療法本」に興味を抱き、19世紀半ばのアメリカに誕生した精神療法団体「クリスチャン・サイエンス」を端緒とする精神療法思想と一連の関連本の伝統についての研究も行った。これについては「アメリカにおける『精神療法文学』の系譜」という論文にまとめ、既に発表済みである。 さらにミネルヴァ書房から平成29年秋に出版される予定の『よくわかるアメリカ文化史』という本に「アメリカの自己啓発本」の項目執筆を依頼され、これも既に原稿を提出している。 以上、研究成果の公開や提出が相当数行われたことに鑑み、本年度の研究計画は「おおむね順調に進展している」と判断してよいと思われる。
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Strategy for Future Research Activity |
上述の通り、平成28年度の研究目標であった「日米両国における自己啓発本出版史の概略把握」については既に概ね達成したと考えているので、今後の研究の方向性としては、個々のモノグラフ(単一テーマについての研究)の作成に力を入れる予定である。 具体的には三つのテーマを設定している。まず一つ目は「アメリカ自己啓発本出版史におけるラルフ・ウォルドー・エマソンの位置」というもの。19世紀アメリカ思想史を代表するエマソンの思想は、ニューソート系自己啓発本のそれに極めて近いところがあり、実際、エマソンの箴言は19世紀末から21世紀にかけてアメリカで出版された無数の自己啓発本の中に引用されているのだが、その引用を仔細に見ると、微妙に曲解され、変形されているものが多いことに気づく。本研究は、エマソンの思想が自己啓発本出版史の中で曲解・変形されながら再利用されていくメカニズムについて明らかにしたい。 二つ目は、デール・カーネギーの『人を動かす』とナポレオン・ヒルの『思考は現実化する』という、20世紀アメリカを代表する自己啓発本と、19世紀の実業家で「鉄鋼王」と呼ばれたアンドリュー・カーネギーとの興味深い関連について明らかにするもの。 三つ目として、日本とアメリカ以外の国々、例えばドイツやフランス、イタリアやブラジルなどで「自己啓発本」という文学ジャンルがどのような発展をしているのか(していないのか)についての実態調査を行うことを予定している。 なお、平成28年度においては、『Oxford Research Encyclopedias』への寄稿に係る作業に予定以上の時間と予算を費やしてしまったため、当初計画していた現地アメリカでの調査・研究が出来なくなってしまった。このような反省に基づき、平成29年度の研究計画としては、アメリカでの資料収集にも力を入れたいと考えている。
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Causes of Carryover |
当初、アメリカ出張を行い、現地での資料収集を行う予定であったが、オックスフォード大学出版局が編集・公開を進めている『Oxford Research Encyclopedias』に寄稿するための原稿作成(英文で8,000ワード以上)に予定以上の時間と予算(英文の校正などを外注した)が掛かってしまったこともあり、アメリカ出張を断念せざるを得なかった。そのため、予定していた研究費の全額を使用することが出来なかったが、これは翌年度に繰り越し、平成29年度において有意義に使用する予定である。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
元々の計画では、研究計画2年目に当たる平成29年度は、イギリスに出張し、現地での資料収集を予定していたが、上に述べたように、平成28年度に計画していたアメリカ出張が出来なかったため、アメリカでの資料収集がまだ実行できていない。 そこで、平成29年度においては、当初予定していたイギリスではなく、アメリカでの現地資料収集を行うことを計画している。また、それ以外にも、相当多数になると予想される関連図書の購入にも研究費を充てたいと考えている。
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Research Products
(1 results)