2016 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
16K02546
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Research Institution | University of the Sacred Heart |
Principal Investigator |
畑 浩一郎 聖心女子大学, 文学部, 准教授 (20514574)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | イマゴロジー / フランス文学 / ロマン主義 / オリエンタリズム / ギリシア / ポーランド / 旅行記 / エキゾティスム |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究初年度に当たる平成28年度は、まず中核概念となる「イマゴロジー」についてより確かな定義づけを行うことと、その射程を見極める作業から始めた。その結果、イマゴロジーは単に文学作品解読の補助線となるだけでなく、より広く、ある社会全体の認識に深く関わるものとなることがあり、それは時として「世論」という形を取ることで、社会を一定の方向へ動かす潜在力を持つものであることが分かった。 具体的に言えば、たとえば1820年代のギリシア独立戦争にまつわるフランス社会の動きが挙げられる。19世紀前半のフランス人にとって、ギリシアという国はある種の両価性を持っていた。西洋文明の発祥地として特権的な地位を享受する一方、中世以降この国がたどって来た歴史は「堕落」として断罪される。「ギリシア蔑視」(mishellenisme)という知的風潮が生まれたのは、逆説的だが、ルネサンス期のことである。ところが19世紀に入り、ギリシアがオスマントルコから独立する動きを見せると、フランスを中心としたヨーロッパ諸国では「ギリシアへの共感」(philhellenisme)という強い運動が巻き起こる。それは政治、宗教、経済、外交など、さまざまな側面で興味深い議論を生み出すが、本研究はとりわけ芸術面での展開に注目した。シャトーブリアン、ユゴー、バイロンら文学者の活動に加えて、ドラクロワ(絵画)、ロッシーニ、ベルリオーズ(音楽)といった他の芸術形態にも大きな成果物があり、これらを複合的な視線で観察していく必要があることが分かった。 またギリシア以外にも、18世紀後半以降、三度の分割を経て、国家自体が消滅してしまうポーランドについても、イマゴロジーの観点から興味深い議論が展開できる感触を得た。とりわけポーランド出身の大貴族でありながらフランス語で執筆を行なったポトツキの著作の検討は今後有効となるはずである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
理論面と実際面において、予定通りの成果を収めている。理論面では、イマゴロジーという概念についての分析を進め、その射程を慎重に見極めるという作業を行なった。ある特定の国や地域についてのイメージが、文学作品の生成にどのように作用するかというのが、イマゴロジー研究の基盤にある考え方だが、この方法を安易に用いると、例えば「イタリア人は○×である」といった、単なるステレオタイプの指摘に陥る危険性がある。そのような陳腐な議論に堕することなく、いかにして生産的な文学作品解析に向かえるかという方向づけを行なった。 実際面では、19世紀前半のギリシア(とりわけトルコからの独立戦争が展開する1820年代)とポーランドが、本研究の検討対象として豊かな土壌を提供してくれるということを把握した。具体的に今後の考察対象となる文学者や、その作品のリストアップも進んでいる。 必要となる資料についても収集・購入を進めている。平成28年度はフランス・パリとギリシア・アテネで資料調査を行い、大きな成果を得た。また同時進行で、得られたデータの整理も行い、今後、論文等での成果を発表するための準備を進めている。
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Strategy for Future Research Activity |
イマゴロジーというのは、文学研究の手法としても比較的新しいものであるため、引き続き、その理論面での分析を続けていく。ただし研究年度2年目である平成29年以降は、研究の軸足を徐々に実際の文学作品の検討に移していく。具体的にはギリシア、ポーランドという国に着目し、これらの国々が19世紀フランス文学の諸作品においてどのように描かれていくのか、また逆に、これらの国々のイメージが、この時代の文学作品生成にあたってどのような駆動力を持ち得たのかという問題を考察していく。 興味深い検討課題として、シャトーブリアンのギリシアに対する考え方の変遷がある。1806年に行なった聖地巡礼の成果である『パリからエルサレムへの旅程』(1811)では、作家はギリシアについて否定的な考えを述べている。彼の目には、この地は古代の栄光を忘却してしまった嘆かわしい土地として映るのである。ところがそれから四半世紀、ギリシア独立戦争が始まると、作家は熱狂的なギリシア支持に回る。彼は『パリからエルサレムへの旅程』に新たな序文を付し、トルコ人の軛からの解放を目指すギリシア人への連帯を高らかに唱えるのである。こうした事情により、同じひとつの作品について、ギリシアの価値は正反対となっている。作品解釈をも大きく左右する、このような時代による作家の作品の方向づけの変化の意義を探っていく。 ギリシア、ポーランドに加えて、今後は、イタリアをイマゴロジー研究の題材に加える予定である。とりわけスタンダールの作品生成においてこの地が果たす役割を考えていく。ただしそれは単なる作家論にとどまるのではなく、あくまでイマゴロジー的観点から、どのようなことが言えるのかという問題を探っていく。
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Causes of Carryover |
当初予定していた2回目の海外での現地調査について、事前の国内でのさらなる文献調査が必要となったため、2回目の海外での現地調査を次年度に見送った。そのため旅費に残額が生じた。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
海外での現地調査の旅費として使用する。
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Research Products
(1 results)