2016 Fiscal Year Research-status Report
コトバの形而上学-ヘルマン・ブロッホ『ウェルギリウスの死』の文化史的研究-
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16K02562
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Research Institution | Niigata University |
Principal Investigator |
桑原 聡 新潟大学, 人文社会・教育科学系, 教授 (10168346)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | コトバの形而上学 / ユダヤ神秘主義 / 『ゾーハルの書』 / 言語神秘主義 |
Outline of Annual Research Achievements |
2016年度については「コトバの形而上学」に関する存在論的研究と「声」の問題に関する基礎的研究を行うこととしていた。「コトバの形而上学」についてはユダヤ神秘主義思想カバラの重要な書である『ゾーハルの書』を参照し、ブロッホが『ゾーハルの書』の、とりわけ言語神秘主義(セフィーロート思想)に影響を受けていることを確認することができた。また作品の中に現れるいくつかのモチーフが『ゾーハルの書』に由来することも解明できた。 『ゾーハルの書』の特徴は、G.ショーレムが指摘するように、神の創世の過程を「言語的展開」(p.235)と捉えるところにある。エン・ソーフEn-Sofと言われる神以前の存在=無の創造エネルギーは、徐々に神の「最も内なる自己意識」(p.227)を形成する際に、10のセフィーロートを形成する。それぞれのセフィーラーには名前があり、それらの力が結集して神の自意識が完成し、そこから現象界が生まれてくると考える。ユダヤ神秘主義はその言語的な文節過程によって特徴付けられる。『ゾーハルの書』に代表されるユダヤ神秘主義は、さらに、神の創造行為を徹底的に言語的に理解する。コトバが現象界を創造するのである。 Hermann Brochの『ウェリギリウスの死』では、「コトバ」das Wortが神の自意識に相当し、現象界の成立は「言語」die Spracheの文節による。この観点からすれば言語がモノに名を付与するというような言語観は本末転倒でありコトバがモノに存在を付与するのである。Brochはこのようなコトバの形而上学をウェリギリウスに悟らせることによって、ナチズムの時代における存在の軽視=人間を超える存在を認めようとしない人間中心主義が災厄をもたらしていると警告を発したのである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2016年度はHermann Brochにおける「声」の問題を十分に扱うことができなかったが、「声」の問題が生じる背景をなしているBrochにおける「コトバの形而上学」をおおむね解明することができた。
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Strategy for Future Research Activity |
今年度はBroch作品における「コトバ」と「声」、「天球の音楽」のモチーフとの関係を解明する。 「天球の音楽」のモチーフは、ピュタゴラス以来、書かれたものとしては遅くともプラトンの 『国家』第 10 巻エルの物語(ミュトス)以来、宇宙の調和の象徴としてヨーロッパ文化において 繰り返し取り上げられてきた。ダンテ、ケプラー、ゲーテ、ノヴァーリスと挙げるときりがない。 『ウェルギリウスの死』においてこのモチーフが「純粋なるコトバ」に纏綿して用いられている ことは、現象界(モノ res の世界)における断片化=不調和の背後・根底には調和が存在するこ とをブロッホは確信していたように思われる。モノ化した現象界では、ホーフマンスタールを引用するまでもなく、言語ですら、細部はさらなる細部に崩壊し、「渦」の中に形をとどめない。また、ブロッホは自らの作品に自注を加え、それが「叙情的コメンタールという方法」を使用し、 「交響曲」の原理から構成されていると述べている。ブロッホはこの作品自体に音楽的要素を組み込んだと考えられる。 平成 29、30年度は、このような問題意識から 1)「声」、「天球の音楽」と、作品に現れる言葉による音楽との関連を具体的に明らかにし、2)『ウェリギリウスの死』執筆の背景には現代が超越者=「存在を忘却した人間中心主義に堕しているという認識があること、3)それが現代における「コトバ」の復権を訴えることにつながることを解明する予定である。
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Causes of Carryover |
発注した書籍が未着となったため次年度使用額が生じた。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
今年度は、未着図書が納入され、また新たに発注する資料等が順調に納入されればこの問題は解消されるものと考えている。
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