2016 Fiscal Year Research-status Report
創作システムとしての翻訳ーー複数言語と関わる現代ドイツ語作家に即して
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16K02572
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Research Institution | Tsuda College |
Principal Investigator |
新本 史斉 津田塾大学, 学芸学部, 教授 (80262088)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 翻訳 / 多言語 / 越境 / スイス / 世界文学 / ラクーザ / グラウザー / ビクセル |
Outline of Annual Research Achievements |
平成24年度から平成27年度までの研究課題と本研究課題をつなぐ研究として、平成28年7月にウィーン大学で行われた国際比較文学会において口頭発表を行なった後、そこでの議論をさらに発展させた論文「『チビノヤコプリ/ジジノヤコプニ/ヨロシク/ヘディ』あるいはフリードリヒ・グラウザーの探偵小説『体温曲線表』における言語の複数性と言語の彼岸」を執筆した(平成29年6月、鳥影社より刊行予定の『小さな国の多様な世界ースイス文学・芸術論集』に所収。)。20世紀スイスの作家、F・グラウザーとP・ビクセルにおける、多言語意識と作品創造プロセスの緊密な連関を論じている。 平成28年10月20日には、多言語作家イルマ・ラクーザの長編小説"Mehr Meer”および新本史斉による翻訳プロジェクトが、メルク社およびゲーテ・インスティトゥート主催の「メルクかけはし文学賞」第2回受賞作に選ばれ、ラクーザ氏とともに作品朗読および受賞講演を行った(ドイツ文化会館にて)。本賞副賞の1万ユーロの資金援助により、本作品の日本語訳は当初の計画通り、平成29年度中に鳥影社より刊行される予定である。 平成29年1月21日には、明治大学にて開催されたスイス文学会において口頭発表「イルマ・ラクーザにおける<langsam>の概念について」を行い、散文、詩、エッセイを通じてあらわれる、この作家における鍵概念、”langsam"の解明を試みた。 同年1月28日には、ラクーザのエッセイ集『ラングザマーー世界文学でたどる旅』(山口裕之訳、共和国、平成28年10月刊)の書評として、「世界を、世界文学を、イルマ・ラクーザとともに、ゆっくりと歩く」を『週刊図書新聞』に執筆し、この越境作家の有する世界文学的意義について、一般読者を念頭に解説を試みた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
「翻訳行為の創造性」の解明を目指す当研究においては、現代越境文学を代表する作家イルマ・ラクーザにおける越境経験の言語化プロセスの分析が最初の重要課題である。そのための不可欠なステップとして考えていたラクーザの自伝小説の翻訳出版が、メルク社からの資金援助を得て、当初の計画通りに遂行可能となったことの意味は大きい。6つの言語を通過する経験を言語化している、それ自体が多言語作品となっている当該作品を日本語に置き換える作業を通じて、ラクーザ作品における多言語性の意味を解明できると考えている。 また、近刊予定のスイス文学論集に寄稿したF・グラウザー+P・ビクセル論、および、スイス文学会口頭発表でのラクーザ論により、複数言語と関わることそのものを創造性の契機としてきたスイス文学独自の文脈と、複数言語間の通過経験を作品創造の重要な契機としてきた越境作家ラクーザ独自の書法とを、連関させて思考するための基盤が整ったと考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
まず、イルマ・ラクーザにおける多言語性、越境、ヨーロッパ的価値の再検討をめぐる論文を、『ドイツ文学』もしくは『津田塾大学紀要』に執筆する。 併せて、このテーマをめぐって、イルマ・ラクーザ、そして、現代文学における重要な越境作家、多和田葉子を招き、現代越境文学研究に造詣の深い、山口裕之教授(東京外国語大学)らとともに、国内においてシンポジウムを開くことを計画している。 並行して、スイスのローレン翻訳センターに翻訳実践、翻訳研究のために滞在し、ラクーザ作品の他言語への翻訳者、とりわけヨーロッパ諸語への翻訳者と討議することによって、ラクーザの言語的越境の分析をより差異化された段階に進めていく予定である。 さらに、ハンガリー文学からの翻訳経験を経てドイツ語作家となった、ズザンナ・ガーゼ、テレージア・モーラら、I・ラクーザに続く世代の<翻訳者=作家>をとりあげ、越境経験の言語化がいかに継承され、変容されていくか、個人を超えた文化的記憶の面からも、翻訳と創作のインターフェースについて考察したい。これについては、まずは日本独文学会、比較文学会、スイス文学会、いずれかの場で口頭発表を行い、そこでの議論を経て、『津田塾大学紀要』、『ドイツ文学』等の媒体に、学術論文の形で発表する予定である。 以上の作業を経たのち、最終年度の平成31年度には、集大成として、本研究プロジェクトでのテーマ「創作システムとしての翻訳」についての書物執筆作業を進める予定である。
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Research Products
(5 results)